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渋谷で17時(第12話)白い靴 💗16:55【シロクマ文芸部】

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白い靴に白いズボン、普段から着慣れていないので厚貴はなんとなく落ち着かなかった。

今日はSNSで知り合った莉音と初めて会う約束をしていた。お互いの顔や姿は画像で送っていたが、似ている人がいて間違えると困るので何か目印を決めておこうということになった。厚貴が白い靴を履いていくとメッセージを送ると『靴だけだとわからないから白いパンツも穿いてきて』と返事がきた。

パンツだと見えないから目印にならないよ、と送ったら『なにを考えているの!?』と返事がきた。ああ、ズボンのことかと気づき、スマホの画面を見ながら顔が真っ赤になってしまった。そんなこともあって、結局、白い靴に白いズボンを穿いていくことにした。

待ち合わせ場所のハチ公前広場には約束の10分前に到着していた。アニメ好きの莉音と話題になっている男子バレー部のアニメ映画を観に行く予定だ。そのあと食事に誘う店は事前に調査済みであり、実は既に予約してある。それから、そのあとは…

「うわぁぁあー!」
『ドサッ』

なんだなんだ?叫び声の後、ものすごい音がした。交通事故か?約束の時間まであと5分ある。ちょっと様子を見に行くことにした。

人だかりに近づくと、道路に電動キックボードが倒れているのが見えた。その先に人も倒れていてピクリとも動かない。

「誰か!救急車を呼んでください!誰か!医者はいませんか!」

倒れている人の側で警察官が叫んでいる。まさか「医者はいませんか?」と叫ばれる現場に立ち会うとは。

「あの、俺、この前、救命救急講習を受けました」
「そいつは助かる。息をしていない。胸を強打して心臓が止まっているようだ」
「俺がやります」

まずは落ち着くんだ。一回、深呼吸だ。よし!

「俺の声が聴こえますか?俺の声が聴こえますか?」

倒れている男性の肩を叩きながら大声で話しかける。顔に近づき呼吸を確かめる。息をしていない。あごを上げて、気道を確保する。

「そこのあなた、救急車を呼んでください。そこのあなた、AEDを持ってきてください」

指示を受けた人はスマホで救急車を呼び、もうひとりはAEDを探しにいった。厚貴は両手を重ねて手の付け根の部分で、男性の胸の中央をテンポよく圧迫した。

「1、2、3、4、…」

30回繰り返したところでお腹を見る。膨らまない。まだ息をしていない。心臓マッサージを繰り返した。

「テンポが遅くなってきてるぞ。交代しよう」
「はい、ありがとうございます」

警察官に言われて、疲れていることにようやく気づいた。やはり、気が焦っていたのだろう。

「AED、持ってきました」

素早くAEDを受け取ると倒れている男性の上着をめくり、心臓を挟むようにパットを取り付けた。

『電気ショックが必要です』

AEDの音声案内に従って、ためらわずにスイッチを押した。

『ドンッ』
「ゴホッ、ゴホッ」

男性の全身がビクッと震えたあと、咳き込んだ。うめき声をあげている。どうやら心臓が動き出したようだ。

「そこのあなた、救急車が駐車できるように場所を確保してください。そこのあなた、救急車が到着したら救急隊員をここまで誘導してください」

白い靴と白いズボンを汚しながら懸命に人命救助している厚貴の様子を莉音は野次馬と一緒に見守っていた。

(つづく)



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