天才

はじめは、天才になりたかった。
漫画に出てくる主人公に憧れた。何でもできる。それ相応の努力は必要だが、努力すればした分だけ当然のように報われ、他の人よりできるようになる。そもそもの才能が違うことも多々ある。

次は、天才を助けたかった。
天才にはなれないことがわかると、それでも光の当たる存在になりたいと、天才の側にいることを望むようになった。天才から頼られることに喜びを見出そうと思った。支えるだけなら、広く浅い知識を得ていれば何とかなるだろうと思った。特別な才能がなくとも、努力だけで何とかなるだろうと。

天才が見えなくなった。
自分の戦うべきフィールドがわかると、そこでの自分の居場所を見つける必要がある。その居場所ではトップにならなければ意味がない。どんな天才がいようと、自分の強みを見出し、磨き、その点では優位に立つ必要が出てくる。天才は、憧れの対象から、競うべき相手に変わった。自分のフィールド以外なら助ける場面もあるが。
もはや天才というべき存在は見えない。


果てしない地獄が始まった。
明らかに自分よりも才能がある者に対しても、どこかで優位に立たねばならない。努力で補うしかない。補い方を考える頭も必要だが、結局補う作業は努力でやるしかない。
夜に孤独感に苛まれ、通学電車の走るレールをじっと見つめ、何のために生まれて何のために生きるのか分からなくなっても、やらねば今以上の地獄が待っている。進むも地獄、進まぬも地獄、退くは無だ。

甘い言葉が耳をえぐる。
諦めてしまえ。分不相応だ。身の丈にあったところに甘んじればいいのだ。やめてしまえ。その方が楽だ。何を必至に努力することがある。報われるとも限らないのに。コスパが悪い。諦めろ。幸せを犠牲にしながら幸せを追い求めて何になる。頭が悪い。無為に病んで無為に泣いて、それでも誰もお前のことなんて構ってないのに。やめろ。心を見つめて慰めることなんてしてくれないのに。それをされたら終わりだと思って虚勢を張ったところで、もうそろそろ限界だろう。
さっさと諦めてしまえ。やめてしまえ。そうして楽になろう。

まだ抗う。
まだ憧れているのだ。天才に。中身が天才ではないとしても、外面を天才にできないかと。いつか、あの憧れた理想に届かないかと。現実からは届かないものに手を伸ばし続けているのだ。
理想に焼かれ、傷つけられ、無惨な姿になるとしても、あの焦がれた姿に近づきたいと。

でも、苦しいのは嫌いだ。


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