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幸福だけど不幸だった、不幸だけど幸福だった

 一

 僕には両親がいました。そしてその両親は、先日亡くなりました。誰かに殺されたのです。僕はただただ悲しかった。僕のことを大切に育ててくれた両親だったもの。まさかこんなに早く死んでくれるとは思っていませんでした。もっと一緒にいられると思っていました。僕はこのことを知らされたあと、もし両親が死んでいなかったらどうなっていたか考えてみました。震えが止まりませんでした。怖くて怖くて、僕はすぐ考えるのをやめました。
 僕は昔から嘘が下手だと周りの人に言われてきました。本音と嘘が混ざっていると。ここまで文字を書いていて、自分から見ても思います。本音と嘘がごちゃごちゃ。本当のことを言ってしまうと、僕は両親が死んでよかったと思っています。見てくださいよ。このアザだらけの体を。こんな汚い身なりになったのは全て両親のせい。僕は先程、悲しかったといいましたが、一ミリもそんなことを思っていません。これ程幸福なことはもう起きないでしょう。けれど施設の人は、僕に辛かったねと言いました。それは両親が死んだことについてなのか、このアザのことなのか、僕には分かりません。
 両親が死んでいなかったら僕はこのまま死んでいたかもしれません。でも、誰かが奴らを殺してくれたから……。

 二

 「君は何かやりたいことはある?」と、先程施設の人に、聞かれました。やりたいこと……。両親を殺した人物を探すことでしょうか。どんな人なのか以前から気になっていたのです。僕にとってのヒーロー。是非とも会って話しがしたい。しかし、その人はまだ警察に捕まっていないらしく、簡単には会えないそうです。しかも、捕まったら死刑だと。僕はおかしいと思います。せっかく僕のために殺してくれたのに、捕まって死刑にされてしまうなんて。でも、そんなことを他の人に言うと良くない気がするので、僕はここに書くだけにしておきます。
 嬉しいことが起きました。僕は誰かに引き取られる事になったそうです。外へ出られれば、犯人さんに会えるかもしれない。早く此処を出たいなぁ。
 
 三 

 今日、僕は引き取られます。新しい家はどんなところでしょうか。どんな人が僕を引き取ってくれるのでしょうか。死んだアイツらとは違っていい人だといいな。
 こんなに嬉しいことが続いて起きるとは! 僕は今が一番幸せかもしれません。なんと、僕を引き取ってくれた人は事件の犯人さんだったのです! こんなことは有り得るのでしょうか!
 このノートを誰に見られるか分からないので、あの人のことは「ヘプタさん」と書きます。ちなみに、「ヘプタ」はギリシャ数字の七です。今僕は七歳なので七にしました。ヘプタさんは僕のことをずっと探していたそうです。それを聞いて、僕は嬉しくて嬉しくて、涙が出そうになりました。そして僕は、ヘプタさんに感謝を伝えました。しかし、言葉だけでは満足出来ません。そこで僕はヘプタさんに、何か恩返しをしたいと言いました。するとヘプタさんは何も言わずに、僕の頭を優しく撫でてくれました。そして、一緒にいてくれるだけでいいよと言ってくれました。その時のヘプタさんの優しい声や笑顔は、ヒーローそのものでした。

 四
 
 ヘプタさんは言いました。
「テトラは何回失敗した?」
 僕は戸惑いました。何故ヘプタさんは僕の名前を知っているのか。聞いてみようとしましたが、今はヘプタさんの質問に答えるのが先だと思い、それを聞くのはあとにしました。
「失敗したことは無いです」 
 全て自分で行動したこと。自分の意思で動いたことには変わりありません。だから僕はこう答えました。するとヘプタさんはびっくりしました。何か変なことを言ったでしょうか?
 ヘプタさんは生きてきた中で沢山失敗をしたらしいです。たくさんの後悔をしているらしいです。後悔というのはとても辛いのでしょうか。
ですが、ヘプタさんは後に言いました。
「でも、テトラと会えたことは後悔していないからね。むしろ、凄く嬉しいんだから」
 やっぱりヘプタさんは優しいです。僕もヘプタさんと会えて良かったです。
 
 五

 僕とヘプタさんが出会って約一年経ちました。
 全く警察に捕まらないのは、やはりヘプタさんが凄い人だからですかね。このノートを読み返してみて思ったのですが、ヘプタさんが僕の名前をなぜ知っているのか、まだ聞いていませんでした。明日辺りに聞こうと思います。
 ヘプタさんに質問しましたが、残念ながら教えて貰えませんでした。でも、いつか分かると言ってくれました。楽しみです。

 六

 ヘプタさんがいなくなりました。今起きたら、家にいませんでした。どこにいますか?
 ずっと待つことにしました。早く帰ってきてほしいです。
 もしかしたら、逮捕されてしまったのかも。捕まったら死刑ですか? 大丈夫かな。とても心配。
 ヘプタさんは全然帰ってきません。もう二週間経ちました。ニュースを見てもヘプタさんの顔はどこにもありません。外に出て、探してみることにします。日記を置いていくか迷いましたが、持っていくことにします。
 
〈あとがき的なもの〉
辻ノ名草です。ノートはここで途切れています。テトラ君は、ノートを持っていき忘れたのかもしれないし、どこかに無くしたのかもしれないし、ヘプタさんを見つけてどこか別の場所で暮らしているのかもしれないし、何かが起こってもうノートを書く必要が無いと思ったのかもしれない。ヘプタさんは見つからなかったかもしれない。可能性が沢山あります。

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