訪問マッサージの現場と高齢者の生きる意思を支える Ep 3.3
一度は諦めた手技療法の道に、再び訪問マッサージという形で戻って来ることになりました。一旦、現場を離れて介護職を経たあとの再起の場は、大手の訪問マッサージ会社です。
かつて、初めて出た現場で「訪問マッサージは何するものぞ?」と戸惑ったのが正直なところでした。しかし、今度は違います。
施設で暮らしている高齢者はこんな生活をしている、というイメージがあるうえで毎週決まった時間に施術に伺えるのは、何よりの強みとなりました。ご自宅や施設に伺い、住んでいる部屋のドアを開けるところから以前に抱えていた「何をしたらよいのだろう」という不安はありませんでした。
高齢者の1日24時間を知る
仕事で訪問マッサージをしています、と言ってもなかなか伝わらないことがあります。そんな時、例えば何年振りかの同窓会で会った友達に説明をする時、当時は仕事内容をこのように伝えていました。
マッサージとひと括りにしていますが、実際には機能訓練(リハビリ)をしたり、立ったり座ったりの動作を分析して座るいすの高さを提案したり、日頃の生活が楽になるために介護よりの目線も必要な仕事です。
そのため、ケアマネジャーが作成するケアプランの理解も欠かせません。
この人の介護度はいくつで、意思疎通はどれくらい可能なのか。
たんに身体のことだけでなく、生活面に及んで高齢者をまるごと理解する姿勢を持つことで、ほかの職種の人たちとも連携して仕事ができるようになります。それは、在宅医療の一環にマッサージ師の立場で関わっていくという行為でした。
高齢者の暮らしぶりを分かったうえでお宅に伺うのか、ただ単に辛いところを揉んでいるだけなのかは大きな違いとなります。
訪問マッサージを受ける高齢者は、およそ次のような状況にあります。
介護やリハビリを必要とするという状況は(年齢にもよりますが)やがて、死を迎える準備段階にいるとも言えます。
そのような立場の高齢者にどのように寄り添うか、決まった答えはありません。施術を担当してからの経過も様々です。
とくに③については、ケアマネジャーやヘルパーさん含めて高齢者への関わり方が180度異なるケースも見られます。
生きる意志を支える
これまでに見てきた1,000名近い高齢者さんのなかで、珍しく快方に向かった事例があります。それは、埼玉市内に住むYさん(仮名)という男性を担当した時のことです。
訪問マッサージに伺うのは、週3日。
ほかにはヘルパーがYさんの身のまわりの世話のために入っていました。
施術は3名のスタッフで1日おきに担当します。1回およそ20分の施術のなかで何かできるのか、目的と役割をはっきりとさせてから関わり始めました。最初のうちは、血行を良くするために痩せ細った足腰を軽くさするだけでしたが、徐々に元気を取り戻して6月の終わり頃には、なんとか自分一人でベッドから起き上がれるまでになりました。
私の担当は月曜日の午前11時。
Yさんは一人暮らしのため、食事は朝のうちにヘルパーさんが来て用意してくれます。
ある日のこと、施術を終えて帰ろうとした時にふと食卓の上を見ると、焼きそばとコッペパンが置いてあります。
「Yさん、これお昼ごはん?」
と聞くと「そうだ」と返事。
「あのヘルパー、メシが不味くてねぇ。」
Yさんの現役の頃は板前だったそうです。いやいや、そうじゃなくて。
「これから体力をつけたいなら、白身魚でもお豆腐でもいいのでタンパク質をとってくださいね。」と伝えました。
高齢者のお宅を訪問する仕事というのは、その人の生活の中に入っていくということです。きちんと栄養を摂ってもらうことで体力も回復しますし、それが生きる力にも関わってきます。そこまで踏み込んで高齢者の生活を見ていくことが求められます。
訪問マッサージの仕事は、たんに肩や腰を揉みほぐすだけではない。
生活全体を見渡すことは、高齢者の生きようとする力を支えることにつながっている。このことは一旦、介護職を経験したからこそ、そしてYさんの事例を目の当たりにしたからこそ気づくことができた貴重な経験でした。
Yさんは「栃木にいる孫の運動会に行くんだ」と言って必死にリハビリにも取り組みました。
その後のYさんですがメキメキと元気になり、その夏の終わりにはひとりで電車に乗れるまでになりました。
physical, mental, spiritual and social well-beingに生きるお手伝いをしています。2020.3に独立開業しました。家族を大切にし、一人ひとりが生き生きと人生を楽しめる社会が訪れるといいなと思いながら綴っています。