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”ともだち”を考える

なぜか仲の良い友達

先日、地元が近い高校の同級生と会ったときに、「KinaとMがつながってるの知らなかった。なんで仲いいの?」と聞かれた。

…んーなんでだったかな。。


Mとは、高校2年生の時にクラスが一緒で、一応8人くらいの仲良しグループの中にいたが、私はそのグループにさらっといた程度で、2人で遊ぶこととかはなかった。けれど、大学生になってから、たまにサシでごはんに行ったりしていて、今も仲良くしてくれている。


私には、こんな感じで、なんで仲が良くなったのか分からない友達がいる。一方で、一度共通のコミュニティーを抜けてしまえば、全然連絡を取らなくなった友達も、もちろんいる。


何が友達を友達でいさせるのか


自分の頭の中でちょっと考えてみた。


自我が芽生えた頃には、すでに周りに友達がいた。

学生時代の友達ってのは、クラス替え・席替えとか、部活とか、偶然同じカテゴリーに属した中で、一緒にいる時間が長くなって、まあいいところも悪いところも分かってきて、過ごしやすいから一緒にいる感じだ。

小学校のときは、学校が終わったら、家が近い幼馴染の家に直行し、毎日遊んでいた。高学年になると「このグループにいたら、周りからも自分がよく見られるだろう」と思って、TVやアイドルの情報を収集して、そのグループの話についていけるようにしてたこともある。笑

中学高校になっても、席替えの班や、行事ごとの班が一緒になったメンバーで、グループを作ってみたり、基本的な構造は変わらない。


ただその中で、関係性がずっと続いている友達って、自分に足りないところを補ってくれる存在とか、自分にはない、きらきらした人間的な魅力があって刺激をくれる人だと思う。環境が友達を形成したようで、実は違う。やはりそこには自分の意志が映されている。

冒頭に出てきたMも、高校のときから、周りの関係に執着せず、周りとは逸した考えを持っているオーラがあった。彼女は、高校卒業後、私の高校では珍しかった、アメリカの大学に進学という道を選び、でもアメリカで働くのは嫌だったらしく、日本に帰ってきて仕事をしている。台湾や中国が好きで、すごく詳しい。

彼女といると、気を遣わない。そして自分の知らなかった世界が知れたり、思ってもみない反応が返ってきたりして面白い。


関わった時間が多かれ少なかれ、自分がその人の魅力に気づいて、その人をリスペクトしていることで、そのまっすくな気持ちが相手にも伝わって、お互いの関係性が続いていくものなんだと思う。

社会人になっても、ずっと仲良くしてる人を思い浮かべてみると、そんなことを思うのだ。大人になって、会う時間は減ったのに、昔よりも友達の大切さを感じる。すごくかけがえのないものだ。

お互いに変化を与えながら、支えながら、見守りながら、一緒に人生を歩んでいく

私にとっての友達は、そんな存在である。



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