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アメリカを思い、日本のクラフトコーラを飲んだ日 #KUKUMU

私は、6月からアメリカに留学する。日本のクラフトコーラに初めて出会ったのは、出国前最後に大学へ通う日だった。

天気は、曇り。
汗を拭うほどではないが、肌にうっすらにじむような温度。

私は、大学での用事が済んだ後、大学にあるウッドデッキでひとり、ぼーっとしていた。

ウッドデッキの周囲には、木が生い茂っている。椅子に座り、上を見上げると、木々は、空を混じり合っているように見える。その間から少し漏れる太陽の光にあたるのは、留学前の余裕がない時でさえ、おだやかな気持ちになる。

ウッドデッキを囲んでいる木は、桜だ。年度の始まりには、あたり一面がピンクに染まる。気温があがるにつれ、若葉は、だんだんと緑になっていく。日差しが強い夏を終え、カーディガンを羽織りたくなる頃、紅葉した葉は、はらはらと落ちてゆく。そして、これから寒い冬が来るというのに、いつの間にか、木は裸ん坊になっている。

私は、この移ろいと共に、大学での3年間を過ごしてきた。何の変哲もない授業の日でも、四季が変わることに気づかせてくれる木々は、いつも私をうっとりさせ、時間の過ぎ去る儚さと美しさを、教えてくれた。

私は、よく頭のなかが騒がしくなる。あれもこれもと、思考がぐるぐる巡り、時々、知らないどこかへ、行ってしまいそうになるのだ。そんなふわふわしたときにも、大学という場はわたしの生活の軸となり、いつも安心感をくれた。

とくにウッドデッキに来ると、不思議と呼吸がしやすくなる。学び舎の片隅で、先人の知の結晶にやさしく包み込まれている感じがするのだ。それは、私の思考を邪魔をしてこない。押し付けても、こない。ただただ、私のことを見守ってくれている気がして。

私は、そんな大学のウッドデッキが、好きだ。

この日は、4月末だった。花は散り、葉緑は、だんだん濃くなっている。今年は、はやく夏が始まりそうだ。だけれど、今年、私は、この木々の衣替えを見届けることができない。

***

時間は、もう14時を過ぎている。
ああ。のどが、渇いた。
そろそろ、学校を出よう。

出国前のイベントは、こうしてあっけなく、一つひとつ区切りがついていく。今日、ついに大学にまで、別れを告げてしまった.....。 

「お疲れ様です!」
いつもよりちょっとだけ大きな声で、門番さんに挨拶をし、門を出る。

学校からの帰り道は、ずいぶん特別な気がした。次、ここへ来れるのは留学を終えた1年後だと、ふと頭によぎったからだ。でも、そう思いたくなくて、どこにでも流れてそうな音楽を耳に流しこみ、周囲の音をかき消した。

喉を潤したかった私は、いつものカフェに向かう。私が何かの節目を迎えるたびに通ってきたお店だ。

この店は、提供する料理や飲み物に、農薬や化学肥料を使わずに育てられた有機野菜やフルーツを使っている。そして、収穫した地域や、生産者の顔が見える、ということを大切にしている。

この店で食べ終わった後は、必ず、お腹も心もいっぱいになっている。食べ物は、味の良さだけが全てじゃないと思う。ここの店は、一つひとつの食べもの・飲み物をつくるプロセスに、安心感があるのだ。だから、「食べる」ことを通して、ほっとしたり、体がゆるんだりする。私がここに通っていたのは、食で、自分を大切にできる気がするからだ。

***

屋根付きのフードテラスを抜け、木のドアをそっと開けると、平日だからか、今日は、なんだか、人が少ないように感じた。ご飯を食べたり、作業をしに来たりしている人が、1つの長机に2、3人。ぺちゃくちゃとおしゃべりをしに来ているお母ちゃんペアが、4人がけの席に、2組。

セルフサービスの水を注ぎに店内を歩くと、店内の一つひとつの装飾に、目がいく。珪藻土でできた壁には、貝殻や小石が散りばめられており、あたたかみを感じる。机一つひとつは、均等な四角形や色ではなく、曲がっていたり、木目があったりと、それぞれの木が心地良さそうな形を、保っている。ああ。ここの家具は、きっと、呼吸をしているなあ。

木でできたアンティークの椅子に、座る。席は、ほかのテーブルとの間隔が広く、自分だけの特別な空間と化す。注いできた水は、すぐに飲み干してしまった。それでもまだ喉の乾きを感じて、メニュー表に目を移す。

私に飛び込んできたのが、「珈琲コーラ」だった。そのコーラは、エクアドル産の水出しコーヒーと、自家製のコーラシロップを混ぜたクラフトコーラだという。

普段は、よく珈琲を頼む。ここのコーヒー豆は、農薬や化学肥料に頼りすぎずに、自然の恵みによって育っている。そして、途上国と公正な取引をしたフェアトレードで日本にやってきた。そんな地球にも人にもやさしい一杯が、飲めるのだ。

でも今日は、クラフトコーラも飲んでみたい…..!

クラフトコーラとは、手作りのコーラのことだ。日本では2018年からブームとなり、今も続いている。ずっと飲んでみたいと思っていたが、なかなか見つけることができず、飲む機会がなかった。

しかも、このお店のコーラシロップは、有機黒糖と無農薬のオールスパイス、シナモンを煮出して、作られている。メニューを読んでるだけなのに、もう、たまらん。文字だけでも、一つひとつの材料を厳選して作ろうという、お店の心遣いが感じられた。

珈琲とコーラ。
やっぱり、どっちも飲みたい..... !

いつもの好奇心が勝ち、この飲み物を頼むことにした。

「すみません。珈琲コーラ、一つください! 」

***

コーラといえば、アメリカ。
アメリカといえば、コーラ。

アメリカにも、こんなに美味しそうなコーラは、あるのだろうか。なんでもかんでもすぐに、アメリカへの思いを馳せてしまうのが留学前のリアルだ。

アメリカのご飯や飲み物は、口に合うのだろうか。
食を通して、いろんなコミュニケーションは生まれるのだろうか。
初の長期留学の中、このマガジン『KUKUMU』での連載を、書き続けられるのだろうか..... 。

アメリカでの食のことをあれこれと考えているうちに、珈琲コーラ、到着。

写真は、我慢できず、ちょっと飲んでしまっている・・・

まずは、マドラーで混ぜてみる。珈琲とシロップで黒く染まったように見える氷が、ゴロゴロと音を立てる。その氷たちは、ガラスに当たり、キンッ、キンッと、涼しい音を重ねる。と同時に、黒糖の香りが、私の鼻先まで、ふわりと漂ってくる。

我慢できず、すぐに、一口。

ぐびっ!

強すぎないスパイスとシナモンの香りが、スッと鼻に抜ける。

ごくんっ。

飲んだ後、珈琲の香りと、喉を邪魔してこない苦味が、わずかに残る。

ぷはーっ。

シロップの甘さも、しゅわしゅわした炭酸も、やさしい。
こりゃ、だめだ。3分あれば、すぐに飲み干してしまう..... 

いかんいかん、と3分の1くらいのところでコーラを残し、アメリカ留学へと思考を戻す。

私が行く西海岸のポートランドは緯度が高く、過ごしやすい夏だと聞く。
だが、去年は熱波の影響で、40°Cを超える観測史上最高の温度を更新したようだ。

ああ。私は、今年、どんな夏を過ごすのだろうか。
留学への不安と期待。

この夏、大学のウッドデッキの木々は、どんな表情をするのだろうか。
こんな余計な心配まで、頭をよぎる。

ごく、ごくっ。
残りの3分の1を、一気に飲み干した。

まあ、アメリカでも、おいしく、コーラを飲めばいいかな。

出国前最後、大好きな大学に区切りをつけた、この日。
なぜだが、少し気持ちが、スッキリした気がする。

日本のクラフトコーラに出会えてよかった。
来年の夏、もう、ひとまわり大きくなって、また飲みに来るよ。
それまで、待っててね。

いってきます!

***

文・写真:木村りさ
編集:栗田真希

食べるマガジン『KUKUMU』の今月のテーマは、「炭酸」です。4人のライターによるそれぞれの記事をお楽しみください。毎週水曜日の夜に更新予定です。『KUKUMU』について、詳しくは上記のnoteをどうぞ。また、わたしたちのマガジンを将来 zine としてまとめたいと思っています。そのため、上記のnoteよりサポートしていただけるとうれしいです。


いつも、応援、ありがとうございます!サポートいただいたお金は、6月から約8ヶ月間のアメリカの留学費に全額使い、その体験を、言葉にして、より多くの人に、お返しできたらな、と思っています。