自分の感覚が、ひらく場所。ポートランド最大級の「ファーマーズマーケット」へ行ってみた #KUKUMU
人と会った時の目線の交わし方。
夏ににぎわうプールの塩素の匂い。
偶然隣にいた旅人との小さな会話。
忘れている。画面に必死に張り付いていたコロナ渦の2年間で、やっぱり、忘れかけているものがある。私は今、アメリカ・ポートランドという都市で、そんな感覚を取り戻しているようだ。
ここに来て、2ヶ月。情報を集めてからではなく、「ああ、ここが好きだなあ」と感覚から好きになった場所。それがポートランド最大級の野菜市「ファーマーズマーケット」だ。
そもそも「ファーマーズマーケット」って何さ?
ファーマーズマーケットとは、何なのか。簡単に言えば、野菜市場のようなものだ。地域の農家が集まって、自分たちでつくった野菜やフルーツを持ち寄り、販売する。地域のシェフも出店し、季節に合わせた料理やスイーツを並べる。お客さんは一つひとつの商品を自分の手で取り、吟味し、買うことができる。スーパーで買うのとは一味違う「顔が見える」消費のかたち。
私はポートランドに来るまで、こういうマーケットで野菜やフルーツを買うことに馴染みがなかった。まだ知る前の私にイメージを伝えるとしたら、「たまに地方で見る、おじいちゃんおばあちゃんが畑の側でやっているような『野菜直売所』に近いよ」と言うかもしれない。
ファーマーズマーケットの歴史は長い。1634年(日本でいう江戸時代)に、マサチューセッツ州・ボストンで始まったという。大恐慌の時には飛躍的に成長したり、第二次世界大戦後には衰退したり。このマーケットは、大国の歴史の変遷と共にある。
1970年代から、アメリカで健康志向の人が増えるにつれ、再びファーマーズマーケットへの関心が高まった。コロナウイルスが流行する前、2019年の時点では、アメリカ全土で8000以上のマーケットが開催されていたほどだ。
とやかく言わず、早速、市場へ!
ここまでいろいろと書いたが、とにかく、もう歩いてみるのが一番! ということで、土曜の朝は少し早起きして、ポートランドの中心街・ダウンタウンへ。
Galleria/SW 10th Ave Westbound駅でMAXを降り、朝のダウンタウンを10分程度歩く。ダウンタウンの街は、コンパクト。歩行者にもやさしいウォーカブルな街として設計されている。そして至るところにバスや路面電車の駅があり、アクセスしやすい。
今回訪れたのは、ポートランド州立大学の敷地内で毎週土曜に開催される、この街最大級のファーマーズマーケット。130近くのローカルショップが、常に出店している。
ニレの木が並ぶ行き道からすでにワクワク。今回は朝の10時に着いたけど、早くも野菜や果物を抱えて帰る人もチラホラ。
辿り着いた入り口の通りは、世界の朝ごはんのブース。台湾のごはん、メキシコのごはん....と各国のごはんが並ぶ。店に近づくと、人の声に紛れ、ジュージューとその場で調理をする音が聞こえてくる。朝ごはんの音って、なんかいいよね。
旅の醍醐味「ローカル朝ごはん」から。
今回はせっかくなので「Taste of Old Poland」という、いかにもこの街でしか食べれなそうな店をチョイス。
値段は$9.50、約1200円ちょい(1$=136円)と少しお高め。この時代の留学生が全員恨んでいると言っても過言ではない円安パワー絶大です。
来て早々朝ごはんを手に入れ、ご満悦の私。近くのベンチに腰をおろし、蓋を開けてみる。
受け取った瞬間に頭をよぎったのは「これ、本当に朝ごはんで食べるんか?」。でもまあ、これでいいのです。普段なら食べないヘビーなものを食べれてしまうのは、旅の朝食ならではの醍醐味。
まずは、グリルオニオンを乗せた東ヨーロッパ発祥のピエロギ。小麦粉のモチモチした厚め皮の中は、温かいマッシュポテト。オニオンの香ばしさがさらに食欲をかき立てるスパイスとなり、やさしい味のピエロギを、次から次へとほおばっていく。
サラダは2種類。ザワークラウトはドイツのキャベツの漬物。もう一つは、ビーツのピクルスとサワークリームが乗ったサラダ。私の手よりでかいソーセージに合わせて、酸味があるサラダを食べられたのは、ありがたい。
多国籍な朝ごはんに「ポートランド料理とは?」という感じだけど、ひとつのお皿にもいろんな国のごはんが混じっている。これぞ、この街の伝統っぽいなあ。
おいしかったです。ごちそうさまでした!
野菜や花で、ポートランドの夏に出会う
お腹が満たされたところで、ここからは気の向くままに歩き回ってみよう。店が並ぶストリートは、どこも人で溢れている。
一番目につくのは、ポートランドもあるオレゴン州近郊でとれる季節の野菜やフルーツ。今何が旬なのか、歩いていると大体わかってくる。自然栽培で農薬が少ないものが多いので安心。
そして、農家さんの顔を見て、話をしながら買うという、買うまでのプロセスをじっくり味わうことができる。「そういえばさ〜、前言ってたあれだけど…… 」と、お店の人とお客さんの会話も、生まれていた。きっとその農家のファンも多いのだろう。
お花屋さんも多い。今回、訪れたところは、花の卸の業者で普段は同業者に花を売ることが多いそう。ファーマーズマーケットは、お店の人たちにとってもお客さんと直接触れ合える大切な機会になっているのかもしれない。
東京で一人暮らしなんぞしていると、自炊で使う食材は決まったものに偏りがち。 だけどここでは、地域のものを選ぶ。地域の人とお互い顔を合わせ、話をする。それはきっと、「この地で、この時期に生きているのだ」という感覚までつながるかもしれない。
今回、お土産に選んだのは……?
すれ違う人の中にベリーを持っている人がいるのが気になり、私も真似して、夏のベリーを探しに。イチゴ、ラズベリー、ブラックベリー、ブルーベリー。オレゴンの夏はさまざまなベリーが取れることで有名。
そして今回は、目に一番についたものを買おうと決めていた。何周もグルグルと歩いているうちに、気になったのがラズベリーだった。
ここは、オープンエアのお店。
人のざわざわした声が交差する店内。
布のテーブルクロス。
手作りのような小さな箱に詰められた、赤い夏の宝石たち。
ふだんスーパーの野菜売り場で見る「USA」という産地表示だけのラズベリーとは、色もみずみずしさも違う。
採れたてのラズベリーを食べるのは、これが初めて。どれがいいかなんて分からないけれど一つひとつ見比べて自分で選んだそれは、なんだか愛おしく思えた。
ドキドキしながら、購入。お会計の際、お店のお姉さんが、「これはポートランドから車で2時間ほどの農園で取れたものなのよ」と教えてくれた。
天気も良いので、今度は木漏れ日が入ってくる芝生へ移動。
一粒手に取ると、やわらかな手触り。潰さないようにと気をつけながら、口の中へ。プチっと独特な食感とやさしい甘酸っぱさ。一粒ひとつぶがジューシーで、パクパク食べれちゃう。
昼になるにつれ気温もあがる中食べるラズベリーは、喉をも潤してくれる。
歩けば歩くほど、ここが好きな理由が分かってきた
ファーマーズマーケットを練り歩く中で、なぜ私がここを好きなのかが、少しずつ分かってきた気がする。
耳を、澄ます。
どこからともなく、音楽が聞こえてくるからだ。こっちからは、のびのびとした歌声に、ギター。あっちからは、チェロやバイオリンのアンサンブル。重なり合うけれど、邪魔をしない。
よく、見る。
通りを歩けば、この土地に根付いたものに目がつくからだ。野菜や花、フルーツはもちろん、手作りのアイスクリーム、地域のお酒、蜂蜜などがある。
手に、取る。
同じようで違う、採れたてのものをゆっくり見たくなるからだ。こっちのラズベリーがいいのか、はたまたあっちの方がいいのか。小さなひとつの選択に、時間をかける。
その場を、味わう。
人それぞれ、場と時間の味わい方が違うからだ。見渡せば、新鮮な野菜を買ってすぐに帰る人もいれば、友人や家族、恋人と食事や会話を楽しむ人もいる。一人で、本を読んだりのんびりお茶をする人もちらほら。
こうして自分の感覚で、食を選ぶ。心地よさを選ぶ。これはファーマーズマーケットにわざわざ行くからできること。朝がちょっぴり苦手な私でも、土曜の朝は早起きする理由がここにあるのだ。
初めてのポートランドでの夏。私は今、採れたてのラズベリーのように、きらきらした甘酸っぱい時間を、過ごしている。
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<参考文献>
写真・文:木村りさ
編集:栗田真希
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