【短編小説】死についての曖昧な思考



死について延々と考えている。
死ぬこととは、例えばパソコンの電源を切るように、洗濯機のスイッチを切るように、命が途切れることだ。
それ以上の何でもない。
けれどそれが恐ろしい。

ああ、死ぬ前に一度くらい、愛してもらいたかった。
愛していなくてもいいから愛して欲しい。ただ、愛して欲しい。
そう言い表す以外、私の願いは言い表せない。

愛されたいと、願うならば、性的魅力を全面に押し出すのが一番だ。
だがそうはいかない。私は自分がそれをするのが嫌いだ。嫌なのだ。人に猫撫で声出している自分が。
私は私らしくいたいが、そんな私を好きになってくれる奴などいない。私も難儀な性格に産まれてしまったのかもしれないと思う。
何も考えず、薄っぺらな思考回路でのうのうと生きている輩の方が、案外楽しいのだろうな……と最近は特に思う。
私もそう生きられればいいのだが、もう変えられない。どこで間違えたのだ。
助けてくれ。最近は、人との話し方も分からない。

愛されるために努力の出来ない私が愛して欲しいなどと喚いている。
こんな矛盾だらけの塵屑のような人間など、生きていて意味があるのだろうか。いや、ない。
愛して欲しいと願うのならば、この苦しみが長続きしないように、死んでしまうしかない。

ひまわり畑で自殺したゴッホや、毒リンゴをかじって自殺したアラン・チューリング。
私はどのようにロマンチックに死ぬのが良いのだろうか。
私も、花や果物は好きだ。
自然の中で死ぬのが一番良いのかもしれない。自分の骨を土に還すという意味でも正しいし。
私はすぐに山へと向かった。
この単純な思考回路では死体を埋めるのは山としか思いつかない。
となれば死ぬのも山だろう。
山は落ち着く。空気が綺麗だ。
対して海は嫌いだ。空気は潮風でベタつくし、そこに住み着く人間も嫌いだ。
山に還ろう。

電車とバスを乗り継いで、遠い県の聞いたことも無い山にたどり着いた。
眠っていたらあっという間だった。
歩道を外れて、車道を外れて。
山の中を歩いていく。
葉の音しか聞こえない。
怒鳴る人間の声も、生きている街の音も聞こえない。ただ、葉がさわさわと、揺れている音だけがする。
枝を踏み荒らして、進んでいく。
葉の音に、枝を折る音が加わった。

どうしようかな。ロマンチックに死ぬにはどうしたらいいかな。
歩いて行けばいつか分かると思っていたけれど、何も思いつかない。
とにかく歩いた。右も左も、東も西もぐちゃぐちゃになって歩いた。
ふと、木の隙間から人間が見えた。慌てて身を隠す。
こんなところで人に会うとは、逃げるべきか。
いや、こんなところにいると言うことは、きっと猟師か何かだろう。もしそうなら、私がここから飛び出せば、猟師は獣と間違えて私の事を撃つだろう。
それは非常にロマンチックなのではないだろうか。
うん、そうしよう。
ただ、この人物が猟師だと言う確信が欲しい。木の隙間から覗いてみる。
その人間はやたら長身で、私の頭の位置に腰があるだろうと言うほどの背丈だった。
何かおかしい。
身を乗り出してその人物を見た。

首を括って絶命している男だった。

こんな山の中に、二人も自殺志願者がいるなんて、山に神がいるとするならそれは死神だろう。
いるとするなら、だが。
遺書が置いてあった。封を開けて中を読んだが、何も面白くなかった。
仕事を苦にして死んだらしい。面白くもない。ロマンチックとかけ離れた死など何の意味もない。

こんなところに遺書を置いても、誰も見つけないだろうに、何故こんな無駄なことをしたのだろうか。
ざっくりと封をして元のところに置いておく。
財布も置いてあった。
中には数万円と身分証明書等。別段変わったところのない財布だ。キャッシュカードにはご丁寧に暗証番号を書いた付箋が貼ってある。
盗人なら、中身だけ抜いて山を降りるし、ミステリーならこの中の証明書を使ってこの人物に成り代わるだろう。
だが私はそんなことはしない。
この隣で首を吊る。突発工事だが、ロミオとジュリエットだ。
ロマンチックだろう。

私はいそいそとその人物から縄を外し、同じように自分の首を括った。
まさかこの縄もこんな風に二人を殺すなんて、考えもしなかっただろうな…………


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