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にせもののかみさま

お前らが語る虫唾の走るような桃源郷のせいで、僕は可もなく不可もなく傷ついている。
馬鹿が考えた笑い話でお前らが笑う時、僕はそのだだっ広く無防備に開けた口の中に泥を詰め込んでやりたくなる。

そんなお前らの信じる神は偽物だ。
そんな二枚舌の信仰心などないも同然だ。

僕の隣には彼女がいる。
僕と彼女の関係性などどうでも良い。ただ、彼女が僕の隣に居るというだけだ。
彼女はやたらと神に祈る。何かあれば祈る。森羅万象どの神にも祈る。
忌々しい。
ちょっと、からかってやりたくなった。
彼女が、どのくらい神を信じているのか試したくなった。
「なぁ」
彼女はこちらを向いた。
「お前はおれを必要としているのか?」
彼女は怪訝な顔をした。
「急に何言ってるの?」
「急? 急か。すまない、この身体に取り憑いてあまり勝手が分からなくてな。不快にさせたのならすまない」
彼女はまだ妙な顔をしている。ホヤみたいな顔だった。
「取り憑く……ってあなたはなんなの」
「おれか? お前たちはおれのことを神という言葉で呼んでいるな」
彼女は目を丸くした。無駄に忙しい奴だ。こんなことに一喜一憂するなんて、どんな情緒をしているんだ。目玉焼きの黄身で夕日を思い出して泣いていそうだな。
「か、神様ってこと?」
「そうだと言っているだろう」
そう言って腕を組む。顎を上げて彼女を見下す格好をする。
自分自身の醜態に思わず笑いそうになった。
彼女は相変わらず阿呆面をぶら下げてぼんやりこちらを見ている。
彼女は黙っていた。いくら待っても黙っていた。僕の演技があまりにも鼻について閉口しているのだろうか。急に不安が襲ってきた。いや、しかしこれを貫くのだ。なんと言われようと貫くしかない。彼女に嘘を指摘されたとしても、愛想笑いで誤魔化せば良い。

「助け……救いが欲しいです…………」
彼女はかすれた声でそう言った。

そこから彼女の身の上話が始まった。そして今悩んでいること、過去、未来。全ての話を僕にぶつけてきた。
てんで興味が無い僕からしたら、ただの雑音だったが。
「それで、どうしたら良いでしょうか」
はっ、と気がつくと、彼女はやけに鼻につく上目遣いでこちらを見ている。手なんか胸元に可愛らしく組んでいる。
「ぼ……おれに意見を求めているのか」
彼女はうんうんと小さく頷いた。いちいち癪に障る奴だな。
「なにも考えず、おれを信じろ。それだけでお前は救われる」
彼女は頭を垂れ、組んだ手を天に向けた。
「あぁ、我が主よ。その御言葉のままに」

嘘だと言うには、もう遅すぎたんだ。

「時間でございます」
白い服を恭しく身にまとった信者が、部屋にやってきた。
「ふぅん、そうか。じゃあ行くとするか」
ソファから立ち上がり、扉に向かう。
彼女の噂話は救いを求める人間たちに広まり、その集団はやがて教団として活動を始めた。彼女は我が物顔で教団を仕切り、その間僕は神として君臨し続けた。
結果として、馬鹿と阿呆が集まり、教団はさらに大きな組織へと変貌した。
組織が大きくなるにつれ、僕の中には神としての自覚が芽生えてきた。
僕以外の神など、この世に存在して良い訳がない。
僕は巨万の富を手に入れ、何にも苦悩せず生きている。
金も、女も、権力も、全て神の意のままに。
あぁ、だがなぜだろう、この空虚さは。
神である事は、神として存在する事は、こんなにも苦しい事なのだろうか。

信者が扉を開けて頭を下げている。
僕は肌が透けるような薄い羽衣をふわりと揺らした。
「そうだ、お前、明日誕生日だろう? 何かお祝いをしなければな」
信者は、パッと顔を上げた。瞳がゆらゆら揺れている。
「あ……、いえ、私は隣にいることが出来るだけで幸せでございます。今の御言葉が最大の祝いでございます」
「ふぅん、そうか。じゃあいいか」
心の中でため息をついた。誕生日、間違えていなくて良かった。覚えるのに毎回必死なんだ。
だがこれも必要な事。この特別感が、信者を熱狂させる。
神として君臨するためなら、苦労だって厭わない。

大きなホールに出た。
同じ服を着た信者たちが、綺麗に並んでいる。
あぁ、僕はいつまでこんな、ままごと遊びを続けるのだろうか。
空っぽの中に小さく澱みが生まれるのが分かる。
神の姿を認めるなり、信者たちが大声をあげた。
僕はそれに応じるように手を上げる。
歓声は、一層大きくなる…………

僕のことは、誰も導いてくれない。


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