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【本とお酒の日記①】 これが「就活」か、と遠い目になった日 (三浦しをん『格闘する者に○』)


だって……どれだけやな奴がいても、やっぱり漫画や本をつくってみたいんだもの、まだ諦められないよ。

三浦しをん『格闘する者に○』新潮社


私の中で不動の一位に輝く小説はこれ、三浦しをんさんの『格闘する者に○』。


今やベストセラーをバンバン生み出し、直木賞選考委員もされている、言わずと知れた超人気作家の三浦しをんさんですが、なんとこの作品、大学を卒業したてほやほやの時代に書かれたデビュー作なんです!!
文章の上手さや個性豊かなキャラクター造形など、今に通ずる三浦しをん作品の魅力が既に爆発しており、脱帽です。私とそれほど年が離れていない時期に書かれた作品だなんて、信じられない……。圧倒的な才能……。

三浦しをんさんといえば、編集者を目指して就職活動をしていたものの全く上手くいかず、そんな時に「文章を書かないか?」と採用を担当していた編集者の方にスカウトされたという話が有名ですよね。
編集者の嗅覚、恐るべし……!


前置きが長くなりすみません。いかんせん三浦しをん愛が強すぎるもので……。


この小説の主人公は「漫画が好きだから」というただそれだけの理由で編集者を目指す女子大生、藤崎可奈子。ほとんど家に帰らないお父さんは政治家。継母と半分血の繋がった弟と3人で純和風の大きなお屋敷で暮らしています。要領が悪くどこかズレているマスターが切り盛りする喫茶店でアルバイトをし、書道家で脚フェチのおじいさんと付き合っているマイペース大学生。


そんな可奈子は同じく「就活」に興味ナッシングな友人、砂子とニキ君と共に就活生として荒波に漕ぎ出すものの……


ことごとく壁にぶち当たる可奈子ですが、その魅力はなんといってもキレキレのツッコミ!面接官のおじさんに対して、いけ好かない就活生に対して、反骨精神を窺わせる鋭いツッコミを繰り広げます。気づくと、そーだそーだ!と可奈子に加勢している自分がいる……。
こうして世間の価値観と相容れなくなっていくのです……世知辛い。

三浦しをんさんの実体験も反映されているのでしょうか、いつの世も厳しい出版就活が等身大で描かれているので、「出版社で働きたい」と考えている方にもオススメです。「就活なんてケッ」みたいな思想が芽生えてしまう恐れがあるので、「優等生みたいな就活がしたい」と考えている人は自己責任で読んでください……笑 でも、読む価値は大アリ!明日を明るく力強く生きる道標になってくれること間違いナシです。


そして、お待たせしました、冒頭の一文。

「だって……どれだけやな奴がいても、やっぱり漫画や本を作ってみたいんだもの、まだ諦められないよ」

この一文に全てが詰まっていると言っても過言ではありません!!あまりにも溢れ出る魅力がすごすぎて、この一文で作品の全てを語り尽くすことは到底不可能なのですが。

これは、出版社に落ちまくる中、唯一最終まで進んだ丸川書店から不採用通知を受け取った日、砂子やニキくん達と藤崎家で宴会をしている時に可奈子が漏らした一言。

いつもはキレッキレのツッコミを強気にかます可奈子が、「アルコールのせいで湿っぽさも倍増して」泣き言を言うのです。「漫画が好き」という一見浅はかに見えて、切実で何より強い情熱で体当たりしてきた可奈子。そんな飾らない可奈子の心からの本音。

お酒のせいにして気心の知れた友人に泣き言を言う可奈子、可愛すぎる。し、「ああ、わかるなぁ。好きってそういうことだよなぁ」となんだかこっちまで切なくなってしまうのです。


「好き」という気持ちは簡単には手放せない。面接で「やな奴」に打ちのめされても、理不尽な現実を突きつけられても、やっぱり諦められない。「諦めない」でも「諦めたくない」でもなく、「諦められない」。「好き」ってそういうことなのかなと思います。


上手くいかない日々の隙間に、建前なんかお酒に溶かして本音をこぼせたら。この場面を読み返しながら、いつもそんなことを考えているような気がします。

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