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#毎週ショートショートnote『‛伝説’の安心感』

『明日は関東平野部の広い地域でかつてない豪雨が襲う見込みです。不要不急の外出を避け…』

午後6時28分、多くの家庭が夕飯の時間に井口家も食卓を囲み、野草サラダとコオロギとつくしの煮つけを食べる。本物の肉なぞ超々高級品であるから、42年生きた井口幸太郎も口にしたことは無いし、長男の井口新は生まれて17年、代替肉ですら味わったことはない。
お天気報道が終わり、間もなくしてテレビは切れる。井口家は、今日一日でわずかに差し込んだ太陽光エネルギーを明日のお天気情報にすべて使う。

「あら~、明日は在宅日ね。今週入って3回目よ。」
妻、井口佳代はのんきな口ぶりでそう言った。
「火曜は砂漠の砂がひどかったし、やっと雨が降ってくれるだけありがたいもんだ。」と、幸太郎。
「明後日は昆虫採取の授業だからそれまでには晴れて欲しいんだけど…。」
「父さんは昆虫採集うまかったぞ。母さんにあなたと一緒になったら食卓に困らないわって褒められたもんだ。」
「よしてよ、あなた。」
「俺もそれでモテるかもな。」
「昆虫が取れてこそ男ってもんだ。」

皿に盛られているコオロギが恨めしそうに3人を見つめている。

おいしい食事も終え、後片付け担当の新は皿を持って家を出る。やはり同じように周りの住民も皿を持って家から出てきていた。
向こうからエンジン音が聞こえてきて、皿回収ボートがこちらの居住区に近づいてくる。

「今日もお疲れ様です。皿は2枚、それにコップが3個です。ええ、はい、井口家で大丈夫です。はい、はい、そうです。ええ、それじゃよろしくお願いします。」

物覚えの悪い皿回収の業者に1から10を伝えて新は再び家の戸に向かう。
皿回収の業者はああして居住区ごとの皿を集めて、日中にまとめて洗浄を行っている。節水と洗剤削減のため、一般で皿を洗える家庭などほんの一握りの裕福層に限られるのだ。

業者は時折、回収作業に遅延するのでひどい時は定刻を30分も過ぎて到着することもある。今日は15分遅れ。ましな方である。
実を言うと、この待っていた15分で雨は降りだし、新が家に入るころには大雨で防水性のはずの上着から、下着まですべてずぶ濡れになっていた。

「新ちゃんありがとう~。今日はびしょ濡れだね。」
布切れを持って、母佳代は玄関で待っていてくれたらしい。
「日常茶飯事すぎてもう慣れたよ。」
新は苦笑した。


『明日は100年ぶりの安定した天気で、100年前の4月のように温暖な一日となりそうです。通常通勤で問題はなく、傘の携帯の必要もなさそうです。』
幸太郎が箸を落とした。母は飲んでいた、自宅でろ過した水でむせ、新は自分の耳を疑った。

4月なのに温暖?傘の必要がない?

報道は次のコーナーへと移り、〈特集:100年前の洗濯文化〉が流れている。洗濯と言えば馬鹿みたいに水と洗剤を使い、毎日毎日、着た衣類を洗う文化だったはずだ。

『なんと明日は安定して晴れる見込みのようですし、皆さんも洗濯を体験してみてはいかがでしょうか。』
明るいアナウンサーの声が聞こえて、テレビは切れた。今日一日分の電力を使い切ったらしい。

新はろうそくの明かりでぼんやりと浮かび上がる両親の顔を見る。
眉根を寄せ、目はどこかわからぬ方を見て、口を引き結んでいる。
おそらく自分も今、2人と同じ顔をしているのだろう。というか、全日本国民が今、同じ顔をしているのではないか。

「安定して晴れるだなんて…何か悪いことでもあるのかしら…」
佳代がつぶやいた。
これについてもおそらくは、日本の全世帯で同じような事をつぶやいているはずだ。



ありきたりでないものに安心感を感じる井口家と同時代の日本国民です。


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