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裏お題『建設の頓珍漢』

「ほ〜い、新しいの持ってきたぞ〜。」
のんびりとした声で資材班長のクニキがこちらに叫んでいる。下方は薄く霧がかかり、人影と大きな資材の影しか見えていない。

「お〜こっちだこっち〜!」
「今日のは重たかっただろう。」
「そんなこたぁねぇよ、いつもの事さぁ。」
建設作業班に所属するバンクとサウジディの2人とクニキは約100メートルの距離を挟んで会話する。霧は相変わらずなのでクニキの顔は見えない。そうは言っても、作業班の2人は霧の有無にかかわらず、作業する方しか見ていないのでクニキが見える見えないなど気にしないのだが。

3人が世間話をしているうちにクニキの持ってきた資材は、機械の力を借りて建設作業班のちょうど良い手元にまで登ってきていた。

「俺はなぁ、実は今日で最後なんだ。」
下にいるクニキがこちらに向かって声をはりあげて言った。
「はぁ!言うのがおせぇじゃねぇか、クニキさん!」
「そりゃ寂しくなりますねェ!」
さすがのバンクとサウジディも手を止め、下方に目を向ける。うっすらと霧の隙間からクニキの顔が覗いたような気がした。
あんな顔をしていたのだな。

「あんたらももう少しで定年だろう?そうしたら今度は同じ地面で会えるといいなァ!」
それじゃぁ、元気でな、クニキはそう簡単に言って立ち去って行った。
クニキ ヒロノブ、75歳で建塔資材収集班班長の責務完遂、である。

21世紀は懐かしみを持って語られるこの時代、世界は今や1つの目的のためにのみ動いている。

それが「建塔」。

クニキは旧日本国民だし、バンクは旧アメリカ国民。サウジディも旧インド国民である。
それらの国々は滅んで既に50年がたっていた。個人はただひたすら建塔のため割り当てられる役職をアイデンティティとして生きている。
そうして失った母国の代わりとなる、母なる大地と国を目指していた。

バンクが立ち去ったクニキの余韻を断ち切って、すぐさま作業に戻った。
「クニキさん、今後上手く生きれるといいわな。」
バンクは、未だクニキの歩いた軌跡を辿るサウジディに言う。
「退職者はこの神に近い領域から外れちまうわけだし、神聖性が薄れちまって心が病むって聞きますがねェ。」
「病みたかねェな!…俺らが退職する頃までには神国に着くといいんだが…」  

本当はどこかで、空に向かって行っても、母なる大地は見つけられないと分かっているのに…



そういえば、建設中の塔は『バベルの塔』と言うらしい。

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