それは私の仕事ではありません
学生のころ、損害保険会社の事故受付センターでアルバイトをしていたことがある。営業時間外に、日本全国から事故の報告を電話で受ける部署である。
ほとんどが車の事故で、契約者の情報や事故の状況などをお聞きしてレポートを作成し、担当部署にまわす。
きちんとしたトレーニングが行われるので、たいていは問題なく仕事をこなせるのだが、ときには上司の指示を仰がなければならないことも。
受けた電話は自分で最後まで処理するのがよしとされる空気の中で、ひとりで解決できないケースに当たってしまった場合には、おずおずと上司にお伺いを立てに行ったものだった。
アメリカに移住してまもなくして、とある会社のコールセンターに電話をかけたことがある。
ちょっとしたクレームをせねばならず、頭のなかで英文を組み立てて、いざ!
ところが電話を受けた女性に「そちらの会社のサービスで、トラブルが…」と説明し始めると、まだ話も終わらないうちに「私の上司と話したいですか?」と聞かれて面食らった。
どうやら、そういう話なら私じゃなくて上司にしてくれということらしい。
銀行ではこんなことがあった。
小切手が複数枚ある場合の入金の仕方がわからず、デポジットスリップと呼ばれる入金票と小切手を持って窓口へ。
書き方がわからないので試しに書いて見せて欲しいと頼むと、窓口の女性の返事は「それは私の仕事じゃありません」。
不機嫌な顔をしてきっぱりと言われ、返す言葉も見つからない。
結局こんなカタコトの英語しか話さない日本人に説明してもムダだと思ったのか、彼女は渋々書いてくれました(翌日銀行から、入金票に書かれた数字が間違っていましたよと連絡が来たという後日談付き)。
日本の窓口やコールセンターの懇切丁寧な対応をあたりまえのように思って暮らしてきた私には、衝撃の連続。
自分の仕事の範囲というものは明確に決まっていて、それを超えてまでサービスする必要はないという考え方が、この国では一般的なのかもしれない。
その後も似たようなことは何度もあり、知らず知らずに慣れていったのだと思う。
先日友人から、クライアントに専門外の質問をされて返答に困っていると相談された。
そのとき思わず私の口から出た言葉が「それはあなたの仕事じゃないよ」。
いやー、自分でもびっくり。
これは環境に順応するということなのか、朱に交われば赤くなるということなのか。
学生時代、帰国子女と呼ばれる人たちがまわりにたくさんいた。
日本生まれ日本育ちで海外生活とは縁がなかった私からみると、独特な感覚を持っているように感じたことがある。
今の私はそういう部類に入る人になったということかもしれない。
もはや「子女」と呼ばれる年齢ではないけれど…。
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