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米国コリン・パウエル元国務長官のこと。

先月新型コロナウイルス感染による合併症で死去したパウエル元国務長官の告別式が、昨日11月5日にワシントンDCのナショナル・カテドラルで行われた。式には、夫人、ご子息とその家族、バイデン大統領夫妻、オバマ元大統領夫妻、ブッシュ元大統領夫妻、クリントン元国務長官、オルブライト元国務長官を始めほぼ全ての国務長官経験者、軍およびワシントン関係者を含め約1,000人近くが参列した。

パウエル氏はジャマイカ移民の子としてニューヨークの移民街サウス・ブロンクス地区で生まれ育ち、明晰な頭脳、的確な決断力、高潔な人柄、優れた組織統率能力に恵まれ、軍人のキャリアを駆け上がった。

軍入隊の経緯は、ニューヨーク・シティー・カレッジ在学中に予備役将校訓練課程を修了しての庶民的なルートであった。陸軍歩兵部隊に入隊後、ベトナム戦争に2度従軍、韓国および西ドイツ駐屯地勤務、レーガン政権下の安全保障担当補佐官を経て、ジョージ・H・W・ブッシュ政権下で統合参謀本部議長に就任する。この時氏は52歳で当時最年少の議長就任であり、階級はすでに陸軍最上位のフォー・スター・ジェネラルに昇進していた。

軍内部から絶大な信頼を得ていた氏は、その後のクリントン政権下でも継続して仕えることとなった。名声が広まるにつれ、いつしか大統領選挙出馬を周囲から推されるようになる。タカ派的な傾向が強まりつつあった民主党クリントン政権に抗議する形で任期途中で統合参謀本部議長を辞任した氏は、共和党からの大統領選出馬を検討するようになる。下馬評では、大統領再選を狙うクリントン氏に対して余裕で勝利できると言われていた。熟慮の結果、最終的に大統領選出馬辞退を選んだが、その背景には、大統領候補になることで暗殺されることを恐れた家族の強い反対があったと噂された。

パウエル氏が出馬を辞退したことで、クリントン氏は余裕で再選され、結果としてその次の大統領戦に向けた共和党候補としてジョージ・H・W・ブッシュ氏の息子であるジョージ・W・ブッシュ氏が浮上することになった。この時も再度パウエル氏を共和党大統領候補として推す声がわき上がったが、氏はそれを断りジョージ・W・ブッシュ氏の支持にまわった。皮肉なことに、パウエル氏の大統領選出馬辞退が米国における世襲政治の台頭に道を開いたのである。

当時筆者は、父親のジョージ・H・W・ブッシュ氏と面談したある財界人から、息子の大統領選挙活動について史上最大の選挙資金を集め当選は間違いないだろうと話していたと伝え聞き、米国が親の名声と資金力で政治が行われる国になりつつあることを知り、ひどく失望したことを覚えている。

この大統領選でブッシュ氏は、民主党ゴア氏を下し第43代大統領に就任する。パウエル氏はそのブッシュ政権のもとで国務長官に就くこととなった。そして、ブッシュ政権のもとで起きた出来事が9.11とそれに続くアフガニスタン侵攻、その後のイラク戦争であった。軍人時代は的確な決断力を誇ってきたパウエル氏は、ここで致命的な判断ミスを犯すことになる。サダムフセインが大量破壊兵器を隠し持っているという偽情報を元に、イラクへの侵攻の舵取りをしてしまうのだ。

後にその情報が偽であったことを悟ったパウエル氏は、イラク戦争が誤りであったことを認め、その舵取りを行ったことの責任を自ら受け止める姿勢を貫いた。戦争自体は大きな誤りであったが、そのように責任を真摯に受け止めた姿勢は、かえってパウエル氏の高潔さを印象付けることとなり、その人格に対する評価は高まった。

2005年に国務長官を辞任した後も、共和党員でありながら2008年の大統領選では民主党オバマ氏を支持し、オバマ大統領の誕生に向けた世論を湧きたてることになった。共和党トランプ政権には終始批判的な姿勢を貫き、2021年1月のトランプ氏支持者による議事堂襲撃の後に抗議する形で共和党を脱退している。氏は、米国の政治的モラルの追求を努めることを終始怠らなかった。

個人的にも、パウエル氏ほどワシントンであらゆる層の人々から尊敬の念を持たれていた人物を他に知らない。移民というバックグラウンド、出自に関係なく才能と努力で認められる社会、謙虚で飾らず高潔で分け隔てなく人と接する人柄、全ての要素が伝統的に米国がロールモデルとしてきた人物像を具現化していたと言える。

昨日の告別式でパウエル氏のご子息の家族代表挨拶の辞の中に、我々の社会はこれからも父のような人物を輩出していくことができるのだろうか、その答えがどうなるかは我々自身にあるだろう、そして我々の社会は父のような人物を輩出していく社会であり続けて欲しいと願う、という印象的な言葉があった。この言葉は、多くの米国人の心に突き刺さったのではないかと筆者は思う。

(Text written by Kimihiko Adachi)

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