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私は青木を許さない

「ごめん、俺もう眠くて無理だ…なんも考えられない」

『私も。ちょっと幸せすぎたな…』


小峰遥佳と久々に会い、前々から予定していた高級マッサージを二人で受けにいったわけだが、その内容があまりにも気持ち良すぎて私たちの思考は全て奪われていた。


「俺はね、オッドタクシーの田中革命の回がめちゃくちゃ好きなんだ。だからその回は何度も観て、文字起こしまでしたんだよね。覚えてる?田中革命」

『いや…忘れた…』

「オッドタクシーめちゃくちゃ好きって言ってたじゃん…」

『もうかなり前だから…』



約2時間にわたるマッサージはあまりにも気持ちが良く、私は足裏をやってもらった段階で眠りに落ちたのでおおよそ1時間50分寝てしまった。

それを伝えると彼女は彼女でふくらはぎをやってもらった段階で眠りに落ち、約1時間45分寝てしまったと言う。


『この前職場にU字工事の益子がきたよ。すごい良い人だった。感じもよかったし』

「あー…俺U字工事好きだったわ。…益子ってどっちだっけ?」

『益子はほら…益子のほうだよ』

「益子かあ」

『でね、仕事終わって帰りに東京駅に寄ったんだけどね、そこで益子見たよ』

「すげー。2益子じゃん」

『益子の後に益子みたんだよ。盆と正月だよね』

「でもそれ益子なの?福田じゃない?」

『あー…わかんなくなってきた。益子なのかな?』



2時間の施術を終えても私たちのふわふわ気分は全くおさまらない。眠気も永続的に展開し、会話の内容はもうペラッペラだった。


「やばいこのまま1日が終わる…」

『それはまずいね…でもどうにもならないよ』

「はるさん、目が開いてないよ」

『佐藤くんもね…』


私たちは店を後にし、とにかく疲れたので適当にカラオケに入り、一曲も歌わずボーっとしていた。



『ねえ、なんか目が覚める話をして』

「アレクサみたいな扱いするじゃん…」

『よく眠いのに突っ込めるね』

「この前King Gnuのライブに行ったんだけどね」

『その話絶対眠いから無しで』


カラオケという場は眠いときにいくと歌う気力なんてまったく無くなる。

悪魔の筺だ。目的無く行くと永遠に閉じ込められるような感覚で、時間ではなく、日が消費されていく。

だがいまの私たちにそれを突破するのは、恐らく民間人として宇宙旅行にいける確率よりも低い。


しばらくすると隣の部屋からKREVAの国民的行事が流れてきた。

この曲をはじめてきいたのは私が大学生になってからであったが、白黒のPVの中、裁判所のような場所で何やら高圧的に喋るラーメンズ小林と、指揮棒を振りまくるKREVAのコントラストがたまらなく好きだった。

「俺この曲のさ、"神の巡り合わせ、ありがたや幸せ"のところが好きなんだ」

『えー"神の巡り合わせ"はわかるよ?でも"ありがたや幸せ"なんてところあった?』

「あるんだよ。一度目のサビはたしかに"かっみのっ、めぐりあわせー"だけなんだけど二度目のサビは"かっみのっ、めぐりあわせー、あっりがったやしあわせー"なんだよ」


そう言ってまもなく、隣の部屋から"かっみのっ、めぐりあわせー、あっりがったやしあわせー"という声がきこえてきた。


「ほらー。俺ここ好きなんだよ」

『あっ、私目が覚める話あるわ』

「え、何?」



『私いまノーブラノーパンだわ』








「え」

『見る?ほら』

そう言って彼女は私に服の襟の部分を下にずらして胸元をみせてきた。

それは間違いなく、ノーブラだった。


「え、なんで?」

『マッサージのあと窮屈だったから』

「下も?」

『うん』


今度は履いているレディースGパンのファスナーを少し下ろして、彼女は私に陰毛を見せてくる。


「目が覚めたんだけど」

『やった。はい、私の勝ち』

「でもほんとにノーブラだった?もう一回見せてくれない?」


そう言って私は彼女の腕を掴み、強引に彼女を私の上に跨らせた。

『無理矢理すぎない?』

「いいんだよ、たまになら」

『誰かに見られるよ?』

「木曜日の14時に、駅から離れたカラオケの電気のついていない個室をわざわざ見る奴なんかいないよ」


私は彼女に顔を近づけた。

彼女はしかしそれを避け、私の目を見て言う。


『嫌がることをするのは性加害だよ松岡くん』

「でもノーブラノーパンで誘ってきたのははるさんだよ」

『誘ってないよw』

「ごめん、嫌だった?」

『うん。少し』


そして私たちは唇を重ねた。









国民的お笑い芸人、サッカー日本代表、プロ野球タイトルホルダー、有名映画監督、俳優。

あらゆる成し遂げた人物達の性加害報道があとをたたない。

思う部分は多々ある。

だがやはり、当事者にしかわかりえない部分や真偽があるため、第三者たる私がそれについて言及することは違うのだろう。

たとえそれが皆で考えなくてはならないとしても、口を噤むのが正しいのではなかろうか。



同時に思うのは、お恥ずかしい話ではあるが、私自身が仮に何かを成し遂げきるような有名人になった場合、女性を侍らせまくるような、それこそ酒池肉林を望んでいたということだ。

そこに犯罪性はあるのかはわからないし、そうなったとして、必ずしも不同意に至るというわけでもないはずだ。


いや、潜在的には「俺がパワーなんだから従え」という欲望を抱いている。

それはモテずにありとあらゆる面で女性から蔑ろにされたと感じる過去の自分への復讐なのだ。



しかし、それは同時に、誰かを傷つけてしまう。

その現実を、ここ数年で私は思い知らされている。



最近はよく言う"時代"が、誤ってきた歴史を修正しているような気すらする。


そしてそのまっただなかに、我々は立っている。










『最近は性被害にあってる人に"何十年も昔のことをいまになって言うな"みたいな風潮あるけど、あれはナンセンスだよね」

「というと?」

『松岡くんはさ、前に話してた先行して悪口言ってたのに手のひら返して裏切って佐藤くんを逆にセクハラ呼ばわりしてきた青木とかいう女をもう許せる?』

「絶対許さないよ。いまこの瞬間もムカつくよ」

『罰したい?』

「可能ならば殴りたいよ」

『でも殴れないよね。不可能だよね、いまは。でももし5年後、その女を殴っていいですよー世間が認めますよーってなったらどうする?忘れる?』

「いや…絶対ムカつき続けてるし殴りにいくと思う」


『つまりそういうことだよ。"あの時"言わなかったのはたとえば世間がそれを言うのは違うって価値観だったり、周りから黙っとけって言われたり、もしかしたら言わないほうが正しいのかもって思ってしまったりしていたからかもしれない』

「なるほど。たしかに言う通りだ」

『でも怒りはずっと持ってる。制裁も復讐もしたい。そんな時に世間が、いや、誰かが"今なら好きなこと言っていいですよ"って言ってきたら?私なら飛びつくよ』


「私なら?」


『松岡くん。私は19歳の時、性被害にあっている。加害者は中年男性で、私の身体中を触り、手を引き、ホテルに連れ込もうとした。間一髪逃げた私に、一部の人間が言ったのは"お前も悪い"だったよ。だから私は自分が悪いと思い込み、それを言うことはなかった』

「ごめん。俺はそんなこと知らないで失礼なことを言った。本当にごめん」

『ううん。大丈夫。でもわかってほしい。もしもいま誰かが私に"あいつを潰しましょう"って言ってきたら、たとえ昔の話だろうと喜んで飛びつくよ。私は忘れていないから』


彼女は強くグラスを置いてから私を見ながら言う。


「全面的にキミが正しいよ。そして俺はバカだね」


自分の無知さを思い知らされるようだった。

当たり前のように私は彼女を全部知っているつもりだったし、当たり前のように私は自分の意見が全て正しいと思ってしまっていた。

だがそれは矛盾に満ちており、愚かなものでもあったわけだ。


『松岡くんはいいよ。私のお尻を触っても。私の手をとってホテルに連れ込んでも。いまからこのお店のトイレで思い切りキスしてきたっていい。どう?いまの私に矛盾はある?二毛作?を感じる?』

「いや…」

『それはどうして?』

「だって俺たちは…」


『そう。全ては関係性だよ。遊びも。信頼関係だよ』

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