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蝸旋

「こっちはネタを作ってこうしてほしい、ああしてほしいって言っても、相方は"うん"しか言わない。それどころかクスリとも笑わない。一番身近な相方が笑わないんだったら、それって俺と組む意味あるのかな?ってなります」


以前マルコポロリのトリオ芸人特集で、キングオブコント決勝常連のGAG福井がそう吐露した瞬間があり、それは私の価値観も大いに揺るがすものだった。


その通りだな、と思った。


私達漫才師セイブアスは、基本全て私のネタをやっているが、相方の丸島はプライドがあるのか、必ず毎回何かしらのネタを書いてきていた。

しかしその内容は、やれゴリラってB型しかいないんだよ、だの、やれ大林素子ってデカモニってユニット組んでたんだよ、だの、見るに耐えないものばかりで、私は都度彼に「お前81キロバトルくらいのネタしか書いてこないなら書いてくんなよ」と激怒していた。

そうするとプライドの高い丸島は怒りながら、「お前のネタだって全く面白くねえじゃねえか!」と言い返し、結局いつも第三者が消去法でどのネタをやるべきか決める展開になっていた。


そのため丸島の動きはいつも私の思い通りとはいかず、イライラさせられる上に昨年はあろうことか本番でネタを飛ばしたため、コンビ仲は素人にも関わらず最悪に近いものだった。


けれども福井の発言で私は原点に立ち返った。

そうだ。

私と丸島はお互いがお互いを面白いと思っているから組んでいるのだ。


それならば丸島が面白いと思わないネタを書いてなんの意味があるのだろうか。


こうして私は、とにかく丸島が大笑いするネタを書いたのだった。



提出したネタは多少余白があり、完成版とは言えなかったが、それを読んだ丸島はすぐに私に向かい

「これは面白いわ。マジで良いよ。あるぞこれ、一回戦どころかもっとその上まで」

と興奮気味に言った。


「とは言え荒削りなんでそこは丸島さんのフォローお願いしたいです」

と私はやや遜ったが、内心はいまだかつてない相方の好感触が嬉しくて仕方なかった。


もちろん、その後本番前週まで行ったネタ合わせについてもほぼ完璧だった。

間違いなく過去4年間で最高の仕上りに至っている。

ネタ時間、間、アドリブ、ミス

たとえそのどれがおかしなことになろうがリカバリーも完全にでき、余裕さえ生まれる。


「今年はいままでにない良い状態だ。せっかくだから今回は今までビビってちゃんと見れなかったお客さんのこと、しっかり見て、楽しんでやろうよ。どんなリアクションするのか」

丸島は私の肩を叩き、そう言った。


「これいけるんすかね?」

「勝てるぞ多分。少なくとも今後どういうネタをつくっていけばいいか、明確にわかった気がする」



紛れもなく、集大成であり完成形。

私たちのテンションはあがりきっている。


こんなにも本番が待ち遠しく、ワクワクすることはなかった。

既に2023年が最高のものになると、予感し、確信していた。







『そろそろM-1の時期じゃない?』

「あれ?俺今回参加するって言ったっけ?」

『参加しないの?』

「するけど、よく覚えてたっていうか気付いたね」

『もう夏の風物詩みたいなもんだからね』

「そうだね。毎年これくらいの時期に飛び立ちたくなるレベルでスベってる」

『でも今年はわかんないでしょ。どうなの?』

「実は相方との関係性が過去最高に良いんだ。いままでお互いになんか違うなって思いながら妥協してた点が、今回に限っては無いというか。全部納得の上で進んでる」

『おお。毎年イライラして愚痴ってきたのに。だから今年は何も私に言ってこないのか』

「そうだね。だから今年は本気で言うよ」


『何を?』


「二回戦行ったら付き合って」


『決勝行けたらなんでも言うこときくよ?』


「蟻の戸渡、舐めてくれるの?」

『嫌だよ。でもいいよ』


「それは冗談だけど、今年はマジであるからね。全然今までと違うんだ」

『じゃあ期待してるね』


「ああ。その約束、忘れないでね」







丸島からの返信がない。

昨日のメールから全くリアクションがなくなってしまった。

出番まで1時間を切っている。


【明日午前いっぱい仕事だからギリギリ渋谷到着になると思う。どこで待ち合わせする?】


このメールを最後に連絡が途絶えてしまったため、待合せ場所の決定すらできていない。

どうすることもできないので、とりあえず私は1人会場に移動をした。






出番まで50分。丸島からの連絡はない。


どうした?マジ丸島どうしたし。

いままでこんな連絡が取れないなんてことがなかったので不安になる。






出番まで40分。丸島からの連絡なし。



マジで何してんねんあいつ。

先程までの困惑が怒りに変わる。

おいこれやらかしてんじゃねえかこれ。

感情のままLINEにて鬼電を仕掛けるも返答がない。






出番まで30分。丸島からの連絡なし。


わかってんのかあいつはこの状況。

俺はこの日のために関係各所に頭を下げて仕事の時間調整し、スーツのジャケットまで新調したんだぞ!?

お前ほんと無駄にするとかないかんな!?わかってんのかあいつはそれを。


怒りがおさまらず再び鬼電。

しかし出る気配は一切無い。





出番まで20分。丸島からの連絡なし。

どうしたほんと丸島。

何かあったのか?事故?事件?


正直丸島はバカだが予定をバックれたりするタイプではない。

それならば緊張でおかしくなってしまったのか、とも考えられるが、私達はこれで4年連続4回目の出場だ。

いまさらどうして緊張だの人前に立つのが怖いだのとあるわけがないだろう。

となると事故なのか…

家の住所はわかっている。このまま連絡がとれなけば家凸も辞さない。


とにかく大丈夫なのか丸島。連絡だけでもほしい。

3ターン目の鬼電を行うがやはり丸島は一切出なかった。




出番まであと10分…。丸島からの連絡なし…。


嘘でしょ??

誰か嘘だと言ってくれ。

俺の2023年はこんな…こんな形で終わってしまうのか。


丸島、俺、自分で「でもやっぱ自信無いわ」って言ってたけど俺ほんとはめちゃくちゃ自信あるんだよこのネタ。

息めっちゃ合ってたし、1回戦くらいは突破できると思ってるんだよ俺。

なんなら何年も前のラランドみたいに一気に売れる準備だって出来てるんだよ俺は。
夢にだってみたんだ。俺がめちゃくちゃ売れてしまうところを。


こんな形で終わるのかよ!!丸島!!!





出番まであと5分…

丸島からの連絡…




無し。



俺は舞台にすら立てないのか。

嘘だろそんなの。丸島、立ってくれよ一緒に。立たせてくれよ俺を!


丸島が携帯電話を忘れてしまっている、という一縷の望みに賭け、私は会場の外に出た。


通行人がただ目の前を通り過ぎていく中で、丸島の姿を必死に探したが見つからない。


「全然ダメだったけど楽しかったなあ」


明らかにつまんなそうなツーブロックのお兄ちゃん二人組が和気藹々と談笑しながら私の真横を通り抜ける。


みろ丸島!あんなレベルの低さは俺らはもうとっくに通過してんだよ。

なのにあいつらと戦うことすらできないのかよ俺は!


頼む!!

丸島!!

蘇れ!!

蘇れ丸島!!!



あと3分!

俺は諦めないぞ!!

待ってるぞ!!丸島!!!









「でもぶっちゃけさ、本番当日に相方が飛ぶ、って結構面白いよね」


『それが面白いか面白くなくなってしまうかは彼の安否次第だよ』


「家行ったほうがいいかな?」

『そうしなよ。無断で飛ぶような人間じゃなかったんでしょ?』

「うん」

『緊張して逃げるような人間じゃなかったんでしょ』

「うん」

『それならば彼は既に、失われてしまっているのかもしれない』


「失われている…?」



国分寺で一人暮らしをする相方の家へ向かう道中、私は小峰遥佳との電話を思い出していた。


『彼にトラブルは?』


そう言われて思い浮かぶことはあった。

彼は旧Twitterでプロレスファン同士のオフ会に参加し、そこで仲良くなった人妻と壮絶な不倫をして、旦那にバレていた。

「旦那が話したいって言ってる、ってその子に電話向けられてさ。そしたら旦那が泣きながら"なんでそんなことするんだ"って。だから俺、なんて言えばいいかわからなくて"もっと奥さん大事にしなよ"って言ったんだ。そしたら電話切られて。その子ともそれから連絡できなくて」


そんな挑発的なことを言ってしまったのだから、何かしらの報復を受けているのかもしれない。


また、彼は私にどんな仕事をしているのか具体的に言わなかった。


「昼会うときも夜会うときも私服ですけど、何の仕事なんです?」

「半導体を売る仕事だよ」

「え?半導体?誰に売るの?」

「中国人だよ」

「…なんで日本より半導体持ってる中国人が日本人から半導体買うんだよ」

「そりゃ、個人個人で事情があるからだよ」


そんなわけのわからない仕事をしているのだから、なんらかのトラブルに巻き込まれてしまったのかもしれない。


今頃丸島の指は折られ、爪は剥がされ、鼻毛を抜かれたりしたりしてるんじゃないだろうか。



そう思うといま国分寺を歩くこの足が途端に非常に重くなってきてしまった。



う、受け止めきれるのか俺はあいつを…。


もし部屋から異臭がしたり、あるいは明らかに連れ去られたりした後があったら。

もし家の中から得体の知れないマッチョマンが現れて私を睨んだら。

いや、逆に平気な顔でケロッと家にいたら…



ダメだ。全パターン無理だ。

会いたくないわこれもう。



そして私はすぐに踵を返し、小峰遥佳にLINEを送ったのだった。



【解散するわ】

と。




こうして私の2023年が幕を閉じたのだった。



応援ありがとうございました。
今年はそもそも舞台にすら立てませんでした!








賽の河原で待ちぼうけ。

救いがあるって期待をしていた。

あの日あの時ここで何ができれば変われていたかな。

夢の中で今日もソレはずっとこちらを見てる。
ただ静かにそっとこの首に両手をかけて
この悪夢にずっと閉じ込めて苦しめるなら



ここで殺して。



今すぐここで殺して!

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