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踊り続けさせて、ねえDJ

以前の日記にも書いた寿退社川崎の送別会が行われた。


結婚し、地方の大手旅館に嫁ぐ彼女の未来はイバラそのものだろう。

実際会社を辞めた翌日から何をするのかと訊くと、『1週間休んでから1年間の修行に入ります』といまにも倒れそうなか細い声で言っていた。


大変そうだ。


そんな川崎ではあるが、送別会にはたっての希望で、自分の教育係だった武田を呼ぶことを拒否した。


武田と川崎の関係を説明すると、新入社員として配属された川崎の教員係として白羽の矢が立ったのが良きパパであり愛妻家として社内で見られていた武田だった。

しかしながら武田はこの川崎の仕草に「俺、勘違いしちゃうよ?」と顔を近づけたり、「携帯没収〜」とチャラく川崎のスマホを取り上げたり、「普段2000円のランチなんか奢らないのに。特別だよ?」と言ったり常にオスを出してくるので、川崎は武田を心から嫌悪した。

別件で武田を嫌悪していた私とはまさに共鳴関係なのだ。



『武田には絶対私が退職することを言わないでください。いまは部も違うのでそこを教える必要もないと思います。絶対に言わないでください』


ここ数年の川崎は武田に対しての嫌悪感を丸出しにしており、露骨に態度にあらわしていたので、「いやさすがに嫌われてるのわかって何も言ってこないでしょ…」と伝えたところ、彼女は『いや、あいつは分かってないですよ。絶対』と頑なであった。


彼女に従い、我々は徹底して武田に退職情報が出ないようにした。



しかし最終出勤日前日、ついに川崎が上司より「全員に退職の挨拶をするように」と命じられたことでやむなく情報開示。


武田の顔は明らかに強張っていた。







最終出勤日、既に川崎の荷物は送別の品でいっぱいだった。

「1人じゃ荷物待てないだろうから会場まで松岡くん、荷物持ちしてあげて」

幹事にそう言われた私は従い、川崎の帰り支度の完了を待つことにした。


さすがは社内の人気者。

色々な人が最後の挨拶にきて、支度が終わらない。


仕方なくyahooニュースを読みながら時間を潰していると、社内に残る人数は僅かとなった。


既に送別会参加メンバーは私と川崎を除き全員会場に向かっていた。


そのタイミングを見計らっていたかのように…奴は川崎のもとへ音もなく近づいてきた。


武田だ。


「ちょっとちょっとー。聞いてないんだけどー?結婚して今日で最後なんでしょ??なんで言ってくれないの?」


武田は声がでかい。会話内容が全部きこえる。

「だいたいさー、俺、何回も川崎ちゃんに奢ったじゃん?俺普段誰にも奢らないんだよ?それなのに冷たくない??」

『すみません』

「いやいやいいよ。まあ大目に見るから。で、なんて旅館なの?泊まりにいくよ。場所教えて?」

『いやあ何もない地方なんで』

「いいからいいから。めっちゃ金おとすから」

『いやあ悪いですよ』


このあたりから川崎が携帯をいじりだした。

明らかに面倒臭いオーラを出す作戦だったが、それでも武田は変わらずに川崎に話し掛け続けた。


ほんとに気づいてないんだ嫌われてるの…と驚愕した。


今度は私の携帯が鳴る。

先程から川崎が携帯をいじっていたのは、どうやら私にワン切りを連発して、助けてという意志を表しているようだった。


私は悪ノリした。


「あれ?なんか川崎くん、連絡間違えてない?俺に何度も電話きてるよ?」


と裏切った。



川崎は私にはじめこそ、は?あ?という怒りを込めた顔で合図してみせたがすぐに諦め、『間違えました。すみません』と言った。


しかしこのくだりで、2人きりでなく私という存在がいたことにようやく武田は気付いたようで、「じゃあ連絡して!これ俺のLINE」とIDを紙に書いて川崎に渡し、どこかへ消えていった。




帰り支度を終え、会場に向かうさなか、川崎は猛烈に私に詰めよった。


『お前やってくれたな』

「お前て…」

『お前裏切りやがったな。ぶっ飛ばすぞ』

「いやキミ…俺先輩なんだけど…」

『いいんですよ。もう私しがらみないんで。いまは何言ってもいいんです』

「それを武田にやれよ…」

『いや裏切りなんなんすか。武田にそんなこと言ったら私襲われちゃいますよ。かわいいから』

「そしたらとめるよ」

『いやいや、なんなんすか?なんでワンギリのタイミングで助けてくれないんですか?』

「キミはしがらみなくなるけど、俺はまだしがらみが残るからだよ」


『はあ?戦いましょうよ!?嫌いなんでしょ?』

「いやテンション高…」


そうこうしているうちに会場に到着したのだった。







3時間に及ぶ送別会で、川崎は泣き、笑い、飲み、そしてゲロを吐いた。

陽気に『ゲロ吐いてきまーす』とトイレに消え、戻ってくるなり『リセットしたんでまだまだ飲めまーす』と酒をしこたま煽った。

案の定、終盤のおめでとうラッシュでは顔をくしゃくしゃにし、泣いてるのか吐いてるのかよくわからない状態だった。


会が終わりバラバラと解散になるなか、川崎は私に話しかけた。

『あーもう最後だから言っちゃおうかなー』

「いや、言うな。嫌なこと言うでしょ。言うな」

『実はですねー』

「言わなくていいから。言わないでって言ってるじゃん」



『松岡さん、女性社員の中で一番人気です』

「え?マジ?」


え…マジ?


「なんで?俺イケメンじゃないし中肉中背の中年だよ?」

『まあ話しやすいですし面白いですからねー。言うと調子乗りそうだから言ってませんでしたけど』

「それ本当なの?」

『まあ信じるか信じないかはあなた次第、ってやつですね』



「いやだって俺、女性社員達になぜかめちゃくちゃ嫌われてるから近づかないようにしろ、って言われたよ?一番嫌われてるって」

『誰に言われたんですか?』


「…武田」


『ね?何を信じればいいかわかるでしょ?』



そう言うと川崎は私に向かい深々と頭を下げた。


『今まで本当にありがとうございました。松岡さんのおかげで、楽しかったです』


突然真面目なことを言う彼女に面食らいながらも、私は伝えようと思っていたことを口にした。


「この仕事の良いところの一つはさ、いつでも戻ってこれるってところだよ。辛くて仕方ないときにいつでも戻れる場所があるってことだよ。リセットできるってことさ。キミがゲロを吐くかのように」


『せっかく途中まで感動したのに台無しなんですけど』


清々しい別れだ。

彼女の船出に立ち会えた。そんな気すらした。


彼女はきっと苦しむだろう。

やったことのない仕事やプレッシャーに潰されそうになる時がくるだろう。

こんなことなら、と人生を悔いる瞬間も幾度となくあるだろう。


あいにく、旦那がどんな人なのかを知らないため、その状況下で彼女に寄り添い、支えてあげられる人物なのかはわからない。


だが川崎は良い奴だ。


そんな川崎に選ばれた旦那だ。きっとうまくやれるだろう。



「最後に一つだけ言わせてくれ」

『なんですか?』

「さっきの女性社員人気No.1が俺って話は本当なのか?」

『嘘です』

「は?」

『2位かもしれません』

「え、なにそれ。どういうこと?」


『遊びにきてくださいね。一番高い部屋の予約、待ってます』



こうして川崎は、会社を去った。








森のなかを行こう。

暗いところや明るいところ、

風がびゅうびゅう吹くところ、

小川が優しく流れるところ。

ほら

誰かが、戸口で待っているよ。

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