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貸暗号資産プレミアム(いわゆるオプション売り)の適切な利回りの評価

こんにちは、ホライゾンです。Twitterを眺めていたら、GMOコインのこんなサービスを見つけました。

簡単に言うと、「BTCを19日間預けたら年利換算で30%相当の利息が貰えるよ。ただし返却日に5%以上値上がりしていたら、それ以上の利益はGMOが没収するよ。」という商品になります。こういった契約は経済学の言葉で言えば「コールオプションの売り」に相当します。

年利30%と聞くとなんだかとてもお得に聞こえますが、後半の条件があるせいで実はそうでもないのです。では、妥当な利回りはどの程度になるのでしょうか?

ちなみにこういったサービスはBinanceにもありまして、デュアル投資という名前で提供されています。
https://www.binance.com/ja/dual-investment

1.問題設定

時刻$${t}$$におけるBTCの価格を$${S_t}$$とします。いきなりですが、BTCについて「期日$${T}$$ストライクプライス$${K}$$のヨーロピアンコールオプション」を考えます。言い換えれば、$${T-t}$$日後にBTCを価格$${K}$$で買う権利のことです。$${T-t}$$日後にBTC価格$${S_T}$$が$${K}$$を上回った場合は、権利を行使することで$${S_T-K}$$の利益を得ることができます(下回った場合は何もしない)。よってこの権利の時刻$${T}$$における価値は$${\max\{S_T − K, 0\}}$$となります。

実はGMOコインの貸し暗号資産プレミアムは、この権利をGMOコインに売りつけることで、対価としてプレミアムと呼ばれる金利を貰えるというサービスなのです。実際GMOコイン側は、プレミアムを除けば、金利BTCが期日$${T}$$に$${K=S_t*1.05}$$よりも値上がりした場合、$${S_T-K}$$だけ得をすることが規約を読むと分かると思います。募集条件では、ユーザーが貰える金利の額は$${S_T\times0.30\times19日/365日}$$ですから、これがGMOに売ったコールオプションの評価額よりも高ければ、ユーザーにとっていい取引であると言えます。(聡明な方はお気づきでしょうが、十中八九安値で売らされていることが予想されます)

これを確かめるために、時刻$${t(\leq T)}$$で株価が$${S_t}$$の時のコールオプションの評価額$${C(S_t,t)}$$を計算します。

金融工学を勉強すると、期日前であってもオプションに「適正価格」をつけられることが分かります(簡潔に言えば、「適正価格」からずれると裁定取引により無リスクで利益を生み出せることが証明できる)。BTC価格$${S_t}$$の変動が一般に以下の確率微分方程式

$$
dS_t=b(S_t,t)dt+σ(S_t,t)dW_t\tag{1.1}
$$

で記述されるとしましょう。$${b(S,t),σ(S,t)}$$は(リプシッツ連続など所定の条件を満たす)一般の二変数関数で、$${W_t}$$は確率的なウィーナー過程です。このときオプション価格$${C(S,t)}$$は、以下のブラック・ショールズ方程式と呼ばれる線形偏微分方程式を解くことで求められます。

$$
\begin{align}
&\frac{\partial C}{\partial t} +\frac{{\sigma(S,t)}^2}{2} \frac{\partial^2 C}{\partial S^2}+r S\frac{\partial C}{\partial S}- r C=0\\
&C(S,T)=\max\{S_T − K, 0\}
\end{align} \tag{1.2}
$$

ここで$${r(t)}$$は法定通貨の利回りになります。2行目は偏微分方程式の境界条件であり、評価したいオプションの期日$${T}$$における価格に対応します。正確にはオプションを売り、GMOコインからプレミアムを貰うので$${C(S,T)=-\max\{S_T − K, 0\}+S_T*0.30\times19日/365日}$$とするのが正しいですが、いま方程式が線形なのでオプション部分だけを分離して考えることができます。

2.ブラック・ショールズ・モデル

教科書的な例として、$${(1.1)}$$においてdrift項とdiffusion項がそれぞれ$${b(S,t)=\mu S,\sigma(S,t)=\sigma S}$$のように$${S}$$に比例する簡単な場合を考えます(これをブラック・ショールズ・モデルと呼び、$${\mu}$$はBTCの利回り、$${\sigma}$$は単位時間あたりに生成されるボラティリティを表します)。

$$
dS_t=\mu S_t dt+σ S_t dW_t\tag{2.1}
$$

すると$${(1.2)}$$は解析的に解くことができ、

$$
\begin{align}
C(S_t,t)=&S_t N(d_1)-K \exp(-r(T-t)) N(d_2)\\
\mathrm{with}\quad &N(x)=\int_{-\infty}^{x}\exp{\left(-y^2/2\right)}dy\\
&d_1=\frac{\log{\frac{S_t}{K}}+ (r+\frac12\sigma^2)(T-t)}{\sigma\sqrt{T-t}}\\
&d_2=\frac{\log{\frac{S_t}{K}}+ (r-\frac12 \sigma^2)(T-t)}{\sigma\sqrt{T-t}}
\end{align}\tag{2.2}
$$

で解が与えられます。このことは$${(1.2)}$$に代入することで確かめることができます。このままでは使い勝手が悪いですが、もし期日が近く($${r(T-t),\sigma^2(T-t)\ll 1}$$)、ストライクプライスと現在価格の乖離率$${k=K/S_t-1}$$が期日までに期待されるBTC価格の変動率と比べて小さい($${k\ll\sigma\sqrt{T-t}}$$)場合、一次近似で$${\log\frac{S_t}{K}\simeq -k,N(x)\simeq\frac12+\frac{x}{\sqrt{2\pi}}}$$とすることができ、このとき

$$
C(S_t,t)\simeq S_t \left[\frac{\sigma\sqrt{T-t}}{\sqrt{2π}}\left(1+\frac12 k\right)+ \frac1 2 k \right]\tag{2.3}
$$

を得ます。

具体的な数値を代入してみましょう。ボラティリティ$${\sigma}$$は過去のデータを参照して毎日の価格変動率の標準偏差として推測することができます。

理想的には定数ですが、市況によって値が上下していますね。ここ1、2 年では$${\sigma = 3\%\sim5\%}$$あたりで推移しています。今回のGMOのオプションについては$${T = t + 19/365, k=0.05}$$ですから、例えば$${\sigma=0.04}$$とするとオプション価格は

$$
\begin{align}
C(S_t,t)= 0.049 S_t \quad (\mathrm{from}\ (2.2))\\
C(S_t,t)\simeq 0.045 S_t\quad (\mathrm{from}\ (2.3))
\end{align}\tag{2.4}
$$

となります。近似式$${(2.3)}$$はわりとよく機能していますね。一方で、対価として貰えるプレミアムは$${S_t*0.30\times19/365=0.016 S_t}$$でしたから、GMOのオプションの買取価格は安い、ということが分かりました。適正なプレミアム金利(年率)$${p}$$は

$$
C(S_t,t)=S_t*p *19/365
$$

を解くことにより計算できます。近似式$${(2.3)}$$を使えば、

$$
p\simeq0.86 + 0.33\frac{\sigma-0.04}{0.01}
$$

となります。すなわちBTCの一日の変動率が$${\sigma = 3\%\sim5\%}$$のとき、プレミアム金利は年利$${p=53\%\sim109\%}$$とするのが妥当という結論になりました。ボラティリティに大きく依存する結果になりましたが、年利30%というプレミアム金利は決して高くないことが分かると思います。

GMOコイン側はBTCを期日まで連続的に売買することで、$${-C(S_t,t)}$$と同価値のポートフォリオを生成することができます。これはオプションを最初の評価額にて売却することに相当します。年利30%でユーザーから調達したオプションを年利$${p=53\%\sim109\%}$$相当で市場に売却できるので、利益をあげることができるのですね。金融機関のデリバティブ部門では、重要な仕事の一つとして、こうした連続取引によるオプションの生成を行っているそうです。

おわりに

今回は、コールオプションの適正プレミアム金利を、大雑把に評価してみました。みなさまがこうした商品に投資する際の参考になれば嬉しいです。なにかtypoやコメントなどございましたら、twitter(https://twitter.com/crypto_bigbang)までよろしくお願いします。






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