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原作本と映像の有り難い関係と困る関係

 昔、「読んでから見るか、見てから読むか」とかいうキャッチコピーがあったと思う。私には、絶対にこうする、という法則めいたものはないが、本を読んでいて、えーっっっ! 本当?! と内容に驚いて、絶対これは映画になったら見なきゃ、と思ったものもあった。『ハンニバル』(トマス・ハリス著、2000年、新潮文庫)を元本の英語で読んだ時が、それだった。映画になるだろう根拠は、前作『羊たちの沈黙』が映画化で大ヒットしていたから。そんなバカな、と個人的にはびっくりの結末だったため、自分が思っているとおりなのか心配だった。だったら、翻訳版をまず読めばいいのに、ひねくれ者はそうしない。
 が、しかし。映画の結末は、原作と全然違っていた。何だ……。

   英語で小説を読んでいて、えーっっっ! 本当?! と引っ繰り返りそうな内容に、これは日本語でも読んだ方がいいのか?……と自分の英語力を疑ったものが、日本版で言う『その女アレックス』(ピエール・ルメートル著、2014年、文春文庫)『闇という名の少女 女性警部フルダ・シリーズⅠ』(ラグナル・ヨナソン著、2019年、小学館文庫 英題:The Darkness, Hidden Iceland 1 原題:DIMMA)である。そもそも原作はフランス語とアイスランド語である。そこからの英訳なワケだ。私が読んだのは、日本語翻訳が出る前だったが、出ても、ひねくれ者はそこに行かない――。映像化は見当がつかなかった。

左はKindleの画面、右はペーパーバック©Anne KITAE

  やろうと思えば、レビューでネタバレしているものも多いし、情報は何でもネットに上がっている。『羊たちの沈黙』が映画化された時代は、それほどネットが発達していなかったが、『ハンニバル』も『アレックス』も『フルダ』も、いくらでも出てくるはずだ。それでも「誤読」の不安を抱えておろおろするのは、嫌じゃない。「やっぱり合ってたー」と自己満足するのもありだし、違っていてがっかりするもよしだが、何か、種明かししたくない気持ちもある。かなりこじれている……。

 映像化も翻訳も、ベクトルは違うが、似た変容ではある。ただ、翻訳の方が自由度は圧倒的に低い。映像化は、原作者がどれくらいの変更権限を映像制作者に与えるかにもよるが、どこが原作なんだよ、というくらい変貌を遂げてしまうこともある。その違いを楽しむのもまたよし。この辺りの議論は、映像化というシステムが出来上がって以降、ずっと毀誉褒貶の的であり続けている。最終的には好みの問題というところに落ち着くのだが。
 それにしても、「文字で読む」行為で自己生産する映像(イメージ)と、二次的に発生させられる映像視聴は、別物である。よくよく考えてみれば文字から視覚イメージを生成するのは、あまりに奇妙な術ではないか。大体人間は、自分の知らないことを0から作り出す能力に長けているとは言い難いので、記憶から組み立てるのだろう。これができなければ、「読書」は不可能な訳だ。(ところで、視覚障害者は、どのように像を編むのか? それも生来の盲目と、中途失明ではまったく話が違う。)
 自己生成画像と似ていようがいまいが、他人の作ったビジュアルと自家製をまったく同じものと認識することはなかろう。文字原作とビジュアライズを、人の脳はどう処理するのか? 「イメージぴったり」とか「原作どおり、思っていたとおりの映像だった」とは、はて、いかなる作用か。思えば奇妙なことである。

 読書とは極めて複雑なことを脳に強いているのだろう。最近、おしなべて人間は読書嫌いになり、長い物語の読解力が低下していると言われるが、他のガジェットの急速な発達のせいでもあり、「テレビばっかり見ていると、今に尻尾が生えてくる♪ それはタイヘン、タイヘンだぁ♪ 尻尾が生えたらどうしましょう♪」(テレビCMソング)と、テレビの出現をネガティブに捉えていた時代もあったが、結局尻尾は生えなかった。けれど、読書で培っていた頃の映像自己生成力は落ちているのではないのか。浴びるほど与えられて映像は見ているけれども? 与えられることに馴れすぎ、記憶倉庫から引っ張り出す機能もへたってしまったのか。

尻尾生えてるね©Anne KITAE

  そうだ。漫画が原作の映像作品もうじゃうじゃある。視覚から視覚へ。よりイージーへと進む。ところが――。
 「漫画ばっかり読んでないで、勉強しなさい」は昭和的かも知れないが、既に令和に至っては、漫画さえ読まない傾向が出てきた。漫画の吹き出しすら読みたくないというのだ。スマホで「見る」漫画は、できるだけ字が少なく、一画面一コマ、縦スクロールがデフォルト! もう漫画の文法すら通用しない……。そういう時代、では総括できかねる事態ではないか。
 ゲームへの没入のせいか? 娯楽としての文字は、選択から漏れていく? 物語は、どこに行くのだろう――。

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