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個性とはなんぞや①

ムスコが通う小学校にて、授業の図画工作で制作した全校児童の作品を集めて「作品展」が開催された。ムスコは小5である。

開催からさかのぼる事、約2週間前。仕事中だった私のスマホが鳴った。液晶画面には「〇〇小学校」と表示されている。
「あ〜…また怪我か?絡まれたか?」
と、思いながら電話に出る。電話口にいたのはムスコの担任だった。

どうやらムスコは比較的品行方正のようで、学校で問題を起こさない。どちらかというと巻き込まれタイプだ。

「教室で暴れていた子が投げたボールを片付けたらその子に噛まれた」
とか
「上級生がいきなり絡んできて、植木に落し倒されて腕に傷がついた」
とか
「廊下を走ってきた児童と出会い頭にぶつかって、頭を打って相手が怪我した」
とか。

なんかっちゃーと巻き込まれるけど、本人から手を出したり問題を起こしたり大きくしたりはしない。なので、先生を交えて学校内で解決したのなら、わざわざ電話してこんでえぇのにと思う。ムスコは帰宅すると、うるせぇってくらいなんでも喋ってくれるし。

今回もそんな感じかなぁと思って電話に出た。ちなみに、私は後で掛け直すのがすこぶる面倒で、仕事中でもいつでも電話には出るようにしている。

「実は今日…」
と、おもむろに話しだした担任の話はこうだ。

・作品展に展示する作品だが、学校からNGが出た
・銃が描かれていて、それがまずい
・地域の人も観にくるので、いろんな人が観る
・銃を外して、上から何か貼るなどしてもいいか?

つまりは、「銃」が描かれていて、ムスコを知らない赤の他人が「えー?何?この子?こんな子がいる学校なの?」「学校はどんな教育してるの?」みたいになっちゃうからまずいって事なのね?って、瞬時に解釈した私は、バカバカしいなぁと思いながら
「本人が納得してるならいいんじゃないですか?」
と、答えた。

だって、それって大人の事情じゃん?私だったら、描いた絵に対してあーだこーだ言われて「こう直して」なんて言われたら絶対嫌だけど、ムスコがそれでも大丈夫って言うなら仕方ないかなぁと。私が拒否する事によって、先生方を困らせたら悪いしさ。

すると先生は
「本人は〝別にいいよ〟って、軽い感じでした。」
と言う。
「じゃぁ、いいんじゃないですか?」
「では、直しますね。本人にも伝えてあるので、帰ったらその話をするかもしれません。」「もし、本当は嫌だった、とか、こだわっている様子だったら…」
「いや、大丈夫でしょうw」

みたいな会話をして電話を切った。

仕事が終わって帰宅して、今度はムスコに詳しく聞いてみた。
「先生から電話きたけど」
「何?」
「なんか、作品直したって。」
「あー、あれかぁ。やっぱまずかったかーって思ったから直したよ。」
「いいの?先生、もしこだわっていたら…とか言ってたよ。」
「いや、別にいいよ。」

みたいな会話をした。

どうやら、ムスコが「名探偵コナン」にハマっていた時期にその制作をしたらしく。
「ちょっとそれっぽくしたらみんなと違った作品になるかな?」
「みんなきっと考えつかないだろうし。」
とか、考えてそんな風に作ったらしい。なるほど。分かる。独創性出したくなるよね。だって、その方が目立つしさ!

しかし…まさかそんな要望が学校からくるとはねぇ。ムスコの絵は別に変じゃないよ。まだ観てないけど、変なわけがない。学校をクライアントだって思って合わせていけばいいんじゃない?
なんて話をした。

とはいえ、内心は仕事じゃねぇのにって思っていた。子どもの図画工作なんだから、好きにやらしぁえぇのにと。世間体なんか気にしちゃって、しゃらくせぇわって。内心はすごく思っていた。

たまーに聞く、「こんな理不尽な事を学校にされた」っていうやつやんと。
「変な色だから変えなさい」とかさ。
知り合いなんか、
「表紙の絵に選ばれたのに。鼻が無かいからって、描き足された。」
なんて言っていた。ひでぇなぁって、鼻を敢えて描かない、プロの漫画家さんだっているじゃんと。一体、誰基準なんやと。芸術って、理解されへんなぁと。

個性を大事にだのコンプライアンスだのいろいろうるさい割に、そこは変わらないんやなぁと思っていた。

すっげぇ思ってた。

つづく。




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