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目標・自律・努力(ハイレ・ゲブレセラシエ選手/陸上・長距離)

ゲブレセラシエのプロフィール

・身長164cm
・5000m、10000m、ハーフマラソン、マラソンの元世界記録保持者。
・1993年から1999年までの世界陸上にて10000m走で4連覇。1996年、2000年のオリンピックでも10000mで2連覇。
・5000mの世界記録を4度も樹立(ベストは12分39秒36)、10000mの世界記録を3度も樹立(ベストは26分22秒75)、マラソンの世界記録を2度も樹立(ベストは2時間3分59秒)
・エチオピアの国民的英雄

ゲブレセラシエ先生の特別授業

そんな彼は小さい頃からアディダスのシューズを履いて走っていて、日本で行われたアディダス協賛の特別授業の様子がYouTubeに上がっています☟

中学生くらいの年代の子ども達に、目標を持ち、自分を律しながら、努力することの大切さを教えています。たしか、青山学院大学の付属中学校での様子だったような・・・。

自分の陸上歴を軽く…

幼稚園の頃から足が遅くて、徒競走はいつもビリだった記憶がある。皆から遅れて、後ろの方で1人で走っていた。

小学校2年生の時の持久走大会で確か26位くらい。足がメチャクチャ遅いなと自覚してたから、学校のクラブ活動に参加できる小学校3年生からサッカーを始めた。動機は単純で、足が速くなりたいから!笑。でも、決意は固くて、友達がいなくても絶対に入ると決めてたから、「サッカー部に入ろうよ!」と友達を誘ったりしなかった。小学校6年生の持久走大会で7位に入る。50m走のタイムは遅かったけど、長距離は得意なんじゃね?と思えた。

中学校に入ってもサッカー部に入った。で、入った当時の監督がマラソン好きな方で、練習によく「外周~周」とかがあって、よく走っていた。中学に陸上部が無くて、学校対抗の駅伝大会には各部活動から長距離の速い奴が寄せ集めみたいな感じで選ばれていて、自分は1年生の頃からメンバーに入っていた。当時の監督からはサッカーに関しても長距離に関してもすごく期待をしてくれていて、自分の1個上の先輩でエースだった人が着けてた背番号7を自分に着させてくれたり、その先輩のポジションであるボランチとして中1の頃から試合に出させてもらっていた。

ただ、中学3年生の時にその監督が別の中学に移ってしまった。そして、新たにきた監督は、自分の体力を見込んでか、ボランチではなくサイドハーフとして試合に出させていた。しかも、ボランチと背番号7は1個下の後輩を起用していて、サッカーが楽しくなくなっていった。それとは逆に楽しくなっていったのが「駅伝」である。

駅伝の好きな所は、個人競技とチーム競技が混在している所である。自分が頑張って走れば、自分のタイムは良くなるし、それが結果としてチームに好影響をもたらすところが自分に合っていた。前に書いたように、「自分は自分、他人は他人」と考えている節があるので、第一は自分を優先したいと思っていた。それをワガママだと捉えられることもあったが、駅伝では自分の為に頑張ることが即、チームのために頑張ることになるので、居心地が良かった。あと、駅伝を通じて他のクラブの人たちと仲良くなれたり、他校にいた知り合いと再会できたりして、自分の世界が広がっていくのも面白かった。仲間にも恵まれていて、「仲は良いけど負けたくない!」と思える関係性を築けていた。お互いに切磋琢磨しあったおかげで、自分は中1と中2でマラソン大会3位になり、中3では1位を取ることができた。

個人的には、勉強やスポーツなど何の分野でもいいが、社会に出る前にどんな小さい規模の世界でも構わないから、「1位」になったり、誰かから「選ばれる」という経験をしといた方が良いなと思う。端的に理由を言うと、「努力の仕方」が身に付くからである。自分の中で基準が出来上がるので、次に頑張る機会があった時に、対応がしやすくなり、成功する確率が上がる。後は、単純に「自信になるから」である。この自信があるおかげで、未知なモノにどんどんと挑戦できるようになったと思う。

中学卒業時のクラス文集に書いた作文☟

この「Impossible is nothing」は当時のアディダスのキャッチコピーになっていて、自分はえらく気に入っていた。笑

ゲブレセラシエをフューチャーしたadidasのCM↑

ゲブレセラシエが出てます↑
他のアスリートと比べると段違いに小さいのが驚き!

アスリートで誰が好き?って聞かれたら、ゲブレセラシエ選手って答える

スポーツ店の陸上コーナーに行ってシューズを見るのも好きだったが、ある日偶然にもお宝を発見してしまう。それは、adidasが無料配布していた小冊子である。全部で5回の連載となっているのだが、その3回目がゲブレセラシエ選手へのインタビュー記事だった。その小冊子を読んで以来、ゲブレセラシエ選手にベタ惚れし、マイベストアスリートとして名前を挙げさせてもらっている。

何度読んだか分からないくらい読み返している宝物。
結構プレミアモノではないか?笑
先述の特別授業の動画を見て、赤字で書き込んだ…笑
もっと大切なのは自分の内面から生じる声に耳を傾けることです。そうやって自分のことを学んでいくのです。・・・強い選手は誰もが自分自身のことをよく知っています。
一番いけないのは悪い方に決めつけてしまうことです。自然のまま、与えられた情況にあわせて、その流れに乗ることが大事なんです。(なんか、立川談志の「人生成り行き」と同じ方向性だな…)・・・ゲブレセラシエにとって、メンタルトレーニングの根幹になるのは「コンフィデンス」だ。・・・レースにおけるメンタル面の重要課題は自分を見失わないことです。他人の視線や意見、評判、周囲の期待などを気にしすぎると、なかなか良い結果を出すことができません。そういった事々に気をとられているのは、自分に対する自信がなかったり、自分のやってきたトレーニングに信頼を置けない状態のときが多いはずです。
だけど実際のトレーニング中には、やっていることをハードだと思ってはいけません。そんな考えが浮かんだ途端に、心は挫けてしまうでしょう。かといってあまりにもイージーな気持ちで走っていても得るものは少ない。ずいぶん矛盾しているし、考えようによっては哲学的でもありますが、トレーニングの強度や効果もまた心の在り方に大きく左右されるモノなんです。

めっちゃ分かる~。笑
個人的には、「自信」というのは練習を一生懸命頑張った人にだけもらえるご褒美みたいなものだと思いますね。

文中にある2000年のシドニーオリンピックでの10000m。1位のゲブレセラシエ選手と2位のデカルト選手のタイム差は0.09秒。100m決勝の1位と2位のタイム差より小さかった。そのレースがコチラ☟

ラスト1周は30:12~

10㎞走ってのこの差はまさに名勝負!

ゲブレセラシエがアディダス履いてるから、自分もアディダス履いちゃうよね。笑

不可能という言葉を鵜呑みにしてはいけません。その瞬間に未来を切り拓くことを放棄したことになります。不可能を口にするというのは、努力を厭うための言い訳でしかありません。不可能とは、今はまだ可能でないという状態です。可能に向かう通過点です。そんなところで足ふみしていたら、ゴールになんか到達できません。

まさに、「Impossible is nothing」の精神。

まとめ:日本人がドイツで森の幼稚園の先生になるのはimpossibleか?

impossibleではないと自分は思っています。というか、もう既に、そういう人がいますからね。笑

五十嵐さんが通ってる森の幼稚園に問い合わせしたところ、もう辞められたという返事を昔にもらいましたが、なれることはできるみたいです。

ドイツで森の幼稚園の先生になるという『目標』を持って、日々『自律』し、『努力』を重ねていき、ゲブレセラシエのように「Impossible is nothing」ということを伝えれらる大人になりたいと思います。

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