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【日記】 Artificial Oasis / Tokyo

『海』

新橋駅からゆりかもめに乗り、日の出という駅で降りた。
列車から降りたのは、僕を含めてほんの数人だった。前を歩く子どもたちとお母さんがマンションへ消えていくと、首都高を走る車の遠い音だけが残った。
 ふ頭に並んだ倉庫に沿って、レインボーブリッジのほうへ歩いていく。

四月の終わりの夜は、暑くも寒くもない。空には薄い雲が残っていて、高層ビルの灯りが、頭上を灰色に照らしている。
 
レインボーブリッジに近づくと、「遊歩道入口」と書かれた看板があり、驚いた。
僕はこの橋を歩いて渡れることを、知らなかった。
警備員のおじさんと挨拶を交わし、旧共産圏の古いビルのような内装をした、橋げたの中に入った。屋内では何人かの人が休憩していた。みな、辺りと同じように、どことなく静けさを湛えていた。
エレベータで7階まで上がり、北側の遊歩道に出る。

その瞬間、激しい金属音が聞こえる。土曜夜の道路を、バイクやトレーラーが速度を上げて通り過ぎる。時折、遊歩道の脇に取り付けられた柵がビリビリと揺れる。まるで橋が、その身を震わせて、衝撃に耐えているようだった。
車線の間には、ゆりかもめの車両がときどき現れる。明るい車内には、夜景を楽しむ人の姿はなかった。
 
街のほうに目をやれば、星のような輝きを放つビルが見える。東京タワーの橙色をした灯りが、水面で左右に揺れている。湾にはいくつかの船が浮かんでいて、暗い海の中で孤独を忘れるように、派手な灯りを付けている。

30分ほどかけて橋を渡り終えると、お台場の入り江に出た。

僕がずっと来たかったところだった。商業施設が集まっているエリアまで砂浜が続いていて、まばらに座っている人の影が見える。
 
僕は砂浜に生えていた草の上に腰を下ろして、人工島に打ち付ける穏やかな波を眺めた。波はまるで、不親切な店主が削るラクレットチーズのように薄かった。けれど立てる音は優しく、いつまでも見ていられる気がした。

舗装路を歩きながらそれぞれの人影を通り過ぎると、彼らが、自分たちの物語に夢中だということに気づいた。写真家たち、同僚たち、若者たち、子どもたち、恋人たち…。誰も、ほかの人間を邪魔しようとはせず、適度な距離を取りながら、砂浜に座っていた。
 
ここを東京のオアシスだ、と言うのは変だろうか。
人工島からは、東京が、まるで水槽の中のジオラマのように見えてくる。あるいは月から眺めた地球、と例えてもいいかもしれない。東京の騒がしさは、ここでは一段階なりを潜め、僕たちは東京を客観的に感じることができる。東京の輪郭が見えてくる。
 
けれど、考えてみれば不思議だ。人工島がオアシスと感じられるなんて。ここはもともとは無かった場所なのに。オアシスではない場所が初めにあり、その後にオアシスを作って、満足する。これは、どこか倒錯めいているような気もした。
 
帰りのゆりかもめには、コンサート帰りの人がたくさん乗っていた。彼女たちの声は、自分が東京に戻ってきていることを実感させた。

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