見出し画像

#001 東京モノレールとフィッツジェラルド

一緒に暮らしている彼は車が大好きだった。去年の夏までは。

道ゆくトラックがあればその特徴を語りあげ、図鑑を広げては家や新幹線を運ぶ大型トレーラーを眺め、「ベンツのシュナーベル・トレーラー(下写真)は変圧器を運ぶんだよ。」などと説明してはうっとりしていた。そんな彼に異変が起きたのは、夏の終りのことだった。

画像1

「きょうは、でんしゃにのりたい。」

と言い出したあの日、わたしは全く想定していなかった。あの彼が毎週末鉄道に乗りたがり、鉄道博物館に行けば閉館時間までねばり、各鉄道会社の車両の形式名を覚え、古い車両がどこのローカル線に譲渡されたなんてことに詳しくなるなんて。

やっとひらがなが読めるようになったばかりなのに【系】と【形】という漢字だけは覚えてしまうなんて。

子どもの愛が持つ勢いと広がりはすさまじい。ユーチューブで【鉄動画チャンネル/TETSUO】【TRAInBLAZER  JR東日本】をチャンネル登録し、情報を収集し、実際に見に行き(もちろんわたしと)、とてつもない勢いで鉄道知識を増やしていく。もちろん寝る前にわたしが読み聞かせるのは『絶滅しそうな車両図鑑』とか、『東京の電車の顔図鑑』などだ。

画像2

そんな彼はこの日曜日、あこがれのTETSUOさんの動画で見た東京モノレールに乗りたいと言い出した。何しろ春休み中に千葉都市モノレール、湘南モノレールに乗ったので、すっかりモノレール好きになっていたのだ。

春らしいと言うよりも、突然の夏日になった日曜日。彼とわたしは、西武池袋線〜東急線に乗り入れて横浜駅へ。そこから京急で羽田空港第1.2ターミナル駅に向かった。

「これは、さいこうだね!」

と彼が叫んだのは、京急線の先頭車両には、運転席にかぶりつきができる2人並びのシートがあり、そこに座れたからだった。京急の加速、モーター音、京急蒲田駅でのスイッチバック!最高!

画像3

そしてあっというまに羽田空港第1.2ターミナル駅へ。

わたしとしては、せっかく空港に来たんだから、まずは展望デッキで飛行機の離着陸を満喫して…と思ったものの、彼は全く、本当に全く飛行機に興味がなかった。展望デッキで心広やかな気持ちで飛行場の景色を眺めていたわたしに向かって、

「もういい? モノレールいかない?」

画像4

と言ったのはまだ3分も経っていなかったと思う。忖度しないということは大事なことだ、特に幼児にとっては…と思い直し、とはいえ腹が減ってはなので急いでお蕎麦を食べ、トイレに行き、いざモノレールへ。しかし…こんなにも飛行機に興味なく空港に来るひとが他にいるだろうか!

モノレールのホームに行くと、すでに待機中の電車がいた。彼とわたしは最後尾の車両に乗り込み、自分たち以外には1人しか乗客が居ないという贅沢な状況で出発!彼はスマホを構え、モノレールの線路と去りゆく景色の撮影に勤しんだ。

「ちかてつみたいだね。」

と彼が言うのも、これまで彼が乗ったモノレールは全て屋外だったから、モノレールなのに地下出発というのは思いがけないスタートだったらしい。でもそこからがすごかった。地下内でのカーブ、そこからの急な昇り坂、再度地下、また上昇、飛行機の格納庫や工場、波と船、やがて見えてくるJRの線路たち。並走する京浜東北線、山手線、そして新幹線。

画像5

そんな景色を眺めているうちにモノレール浜松町駅に到着、その直後。

「もう一回乗りたい。」

ええ、そう言うと思っていましたよ。無言でモノレールを満喫している君を見ていたから、そう言い出すんじゃないかと思ってた!1daypassを買っておけばよかった!と思ったけどしかたがない。

結局この日、わたしたちは東京モノレールに3回(始点⇔終点)乗ったのでした……

それにしても、じっくり乗ってみると、ぎゅっと凝縮された映画のような物語性あふれる路線だと感じる。

山あり 谷あり、海を越え、鳥たちと空を走り、ふいに急降下したと思ったら暗いトンネル、闇の中のカーブ、光の世界、またトンネル。やがて見えてくるほの暗さからの地下の駅に到着する。このモノレールに乗ってから降りるまでにひとつの人生が語れそう……

例えば、この闇と光が混雑する感じ、最後に闇から脱出する雰囲気は村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を思わせるし、

ぐっと沈み込んだ暗い場所(羽田空港の駅)にはじまり、街と水の世界にたどりつく感じは、フィッツジェラルドの『ベンジャミン・バトン』が浮かんでくる。

鉄道の旅は、何かしらの物語を思い出させてくれる。だから子どものお伴でも退屈しない。ひとが物語を読んだり観たりしたがるのは、そこに知るべきことが隠されているからだと思う。旅をすると何かしら、閉じていた蓋が開かれるのを感じる。それは、いずれは開かなくちゃいけなかった、でも家でじっとしてたらなかなか開けられない、そんな蓋だったりするのでしょうね。

(次回は、2時間で5回乗り換えて6路線を乗ってみました…を書こうと思います。)

画像6


この記事が参加している募集

書き続けるために使わせていただきます。 おいしいワインも買います。