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smashing! オレのいせかいひざくりげ・下

「マタタビの匂いがしたので、もしやと思ってました」
「ハルちゃんも変わってないよね」

伊達さんとケモリンのスグルンと、三人で進んでいった先は鬱蒼とした薄暗い洞窟のさらに奥。隔離された小さな牢のようなその場所には、簡単な寝台や家具。天井のように見える岩の隙間から、灯取りのように外界からの光が降り注ぎ、その下に雲母さんが佇んでいる。僕は洞窟の中であれば幻影として移動できる。ただ実体では、ここからは出られない。そう言って寂しそうに笑った。

「ここが、今の僕の世界の全てです」
「…雲母さんが、オレが倒せと言われたボスなんですか?」

しかしその答えは、予想だにしていなかったものだった。

「もうどのくらい前になるのか、僕とダテさん、ケモリン、ユウワくん、チヅルくん、オニマルくんの6人パーティで、この世界の邪悪な呪霊と闘いました」
「ちょなんで俺だけ種族なの!」
「こっちで会ったみんながメンバーだったんですね」

散々他のダンジョンで慣らした最強パーティの攻撃力に、呪霊はひとたまりもなかった。ただそのパーティのワンパンに近い闘い方では、呪霊の魔力は衰えないまま。その内なる力までは、消滅させることができなかったのだ。

「今際の際で呪霊は、トドメを刺したサムライのダテさんと、封印の詩を歌おうとした吟遊詩人の僕に、呪いをかけてから消滅しました」
「え?てことは雲母さんは…」
「僕は、ただの吟遊詩人です」

それまで黙っていた伊達さんが口を開く。

「んで、シダラが持ってるそれで、ここの呪いを解いてほしいん」
「オレの…この刀でですか?」
「そう、それ、俺の半身なんよ」

サムライであった伊達さんは魂を分割され、ヒトと刀に。結果、伊達さんは武器を装備できなくなった。吟遊詩人の雲母さんは、呪霊と存在を入れ替える形で、誰も解くことのできない呪の洞窟の中に封印されてしまった。いくつかの記憶と一緒に。雲母さんを解放するには、伊達さんであるこの刀で、空間に張り巡らされた邪を斬ってやればいい。オレがこっちの世界の佐久間さんから受け取った日本刀。帯刀していたそれを、ゆっくりと鞘から抜いていく。

「これまで誰も抜刀できなかったんよ」

鞘が軋んだ乾いた音を立て、すらりと輝く刀身が現れた。それを見た伊達さんがニヤリと笑った。

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「…っかしいなあ…なんで通らないんだ」
「………」

何度斬っても、突いても、ただ刀が虚空を切るだけ。雲母さんを阻む呪の空間はびくともしない。伊達さんは下唇を噛み、オレに囁いた。

「シダラ、ひょっとしてお前サクマから何か聞いてない?」
「佐久間さんですか?いえ、特に…」

そういえば、たしか武器を選んだ時だ。
今、思い出した。佐久間さんがあの時言った、名前。

覚えとくといい、その刀は。
「    」っていうんだ。

唐突に思い出したその名を叫んだオレに、手の中の日本刀が同調共鳴する。微小な光を帯び、目の前の空間を次々と「斬」り、薄い闇のヴェールが千切れて霧散するように、その側から視界が明るく開けていく。

「やったなシダラ!これで行ける」
「…あの名前、刀の?」
「真の名を呪霊に隠されてたの。久しぶりに聞けた、俺の名前」

ハルちゃーーん!伊達さんが雲母さんに走り寄って、二人は力一杯抱き締めあった。ああ美しい光景だ俺慣れない世界でよく頑張っ……?てかあんたらこんなとこで何をおっぱじめた。

「ギャーー!何やってのあんたたち!場所!」
「だって僕…忘れるほど久しぶりで…」
「あだめ思い出せたもお我慢できないんハルちゃ…」
「あああダテさん!!」

ケモリンのスグルンがドン引きするほどの濃厚なアレがああなる前に、ここを去ったほうがいいのかもしれない。さっきからあちこち岩が崩れてきてるようだ。オレのいたたまれなさが漸く届いたのか、雲母さんが慌てて走り寄ってきた。前は合わせてくださいね。

「…ここは呪の力で保っていた洞窟。もうじき崩れてしまいます。僕が空間転移の詩を唄いますので、集まってください」
「ハルち忘れてたんね…」
「幸福はあらゆる訓戒を虹色に塗り替えてしまうんです。さあ早く」

オレたち四人は輪になり、雲母さんは魔法のハープを奏でながらその詩を唄い………えなにこれ耳鳴りする。とたんに平衡感覚が狂い始め、光の渦に巻き込まれ、地響きとともに沈んでいく地面から、遠く離れていく感覚がした。それが術式だけのせいでないという証拠に、遠くで伊達さんの声がした。ハルちマジジャイアンリサイタルう…。

「なぜ佐久間さんが、伊達さんの真の名を知ってたんですか?」
「あの子は僧侶でね、皆の真の名を把握してるの。あれ自分の命と引き換えなんよ」
「そんな大事な契約だったんですね」

そうね。お前が名前思い出してくれ…よかっ…

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「だら……設楽!」
「…んはぇ?」
「ニイちゃん大丈夫かよ、伊達さん来てくれたのに全然起きやしない」

末弟の泰良の声もした。あ、こいつのゲームしてんの後ろで見てたんだっけ?
ていうか…戻れた?いや、夢オチ?よかったマジ夢で助かったわ戻れなかったらどうしようかなってちょっと焦ってたし。大きくため息をつくオレの前には、ちょっと困ったように赤らんだ顔の伊達さん。なんですかそのシコ顔。

「ニイちゃんさ、ずっとマサムネマサムネ言ってて」
「オレが?」
「伊達さんすげえ困ってたよどんだけな夢よ?」

お疲れさんって、迎えにきたんよ。伊達さんが呟く。昨日から年末の家の用事で働き詰めだったオレは、一体今何日で何時なのかもわからず、目の前の伊達さんの手を、緩く握った。名前呼ばれたん初めてだわ。伊達さんの小さな声がオレの耳を擽るように転がる。

「ハルちゃんも待ってるから、家戻ろっか設楽」
「ていうか伊達さん、よかったら飯食ってってくださいよ!」
「あ、ご馳走になりますん♡」

ニイちゃん飯作るの手伝って。台所に向かう泰良の後をついていきながら、居間のテーブルでひらひらと手を振る「サムライ」に、あの時伝え損なったことを、オレはようやく心の中で告げた。


…元の体に戻れてよかったですね。


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最後までお付き合いありがとうです!
上中下、了です♡


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