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smashing! もどかしいをこじらせて

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。

そこから少し離れた通りにある、無駄にお洒落な感じの乾物屋。身の丈170前後、ダークブラウンの癖毛。粋な魚屋スタイルの店長さんは佐桑風馬。その彼と最近佐久間を介して知り合い、あっという間に恋に落ちたのは室戸青志。エキゾチックアニマルを専門とする獣医で、一見何考えてるかわかんない、一重瞼を丸縁メガネで覆ったひょろりとした和風の美形だ。

「じゃあ、いってらっしゃい!」
「はい、いってきますあの…」
「んん?」
「…今日もまた、来ていい?」

いいよ!店先で佐桑は元気よく答えた。自転車で隣町のペットクリニックまで出勤していく室戸を、佐桑は姿が見えなくなるまで手を振った。

「さて、品出し品出し…」

少しだけ寝不足気味の目を擦って、佐桑は何度も思い出し笑いをした。

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会ったその日に付き合うことになり、その後室戸は何度も佐桑の家に遊びに来ては泊まっていた。なのでほぼ半同棲状態である。室戸が休みの時は日がな一日一緒に過ごし、干物や燻製を炙って食べたり、室戸の持ってきた焼酎を呑んだり。側から見れば他の恋人同士と何も変わらなかった。ただ、違っていたのは。

手を繋ぐ、以上のことを成していないのである。

ずっと一緒にいて、触れ合って、握って、絡めあって。こう表現するとああそっちね、と思われがちだが違う。これは全て「手と手」「ハンドトゥハンド」「肘から下の部分」だ。つまり互いの「手」としか触れていないのだ。

室戸にもう少し近づいて、薄くて綺麗な瞼を間近で見つめたい。そう思ってはいる。思っていてもどうしても、あの熱い掌の温度を感じるだけでなんだか満足してしまう。せめてこの動悸が収まってくれれば、出来そうな気がするのに。一緒にゲームしたり映画を見たり、そうやって一晩中、タイミングを測れないでいる。

室戸は、時々物言いたげにこちらを見つめる佐桑のことを、実に「イイ」と思っていた。ふわふわ癖毛に触れてみたい、だがあえてそうしないでいた。迂闊に触ってしまって驚かせてははいけない。徐々に距離を詰めて、信頼されなくては。珍獣とのコミュニケーション的になっていることに気づいてはいたがそれよりも、佐桑の自分より小振りな、でも筋張ったその手を握り込んで、佐桑の手の内の脈を感じていたい。とくとく、速く強く、まるで砂漠のネコのように脈うつ鼓動を。

帰って(?)きた室戸と一緒に夕ご飯を食べて、交代で風呂に入り、そしてお互いなんだかんだ雑用を片付けたら、並んでテレビの前に座る。美味い酒を味わい、空が白む時間まで話し込んで、見つめあって、そして手を繋ぎ合って。

アオちゃん、何か変わってるね俺たち。そうだねフウちゃん、僕らこっからが進まないね。互いの熱でしっとりと汗ばんだ掌を重ね、そしてゆっくりと近づく唇は、同時に笑いながら逸らされる。こうやってるだけで実は満足しているだなんて、佐久間たちが知ったら笑うかもしれないな、呆れるかも。でもきっとあいつらは言うんだ。真面目に話聞いてくれながら。そういうのもありだ、とかね。

「でもこういうのが、一番興奮、するよね」

佐桑の手に指を滑らせながら室戸が、小さな声で低く、笑った。


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