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smashing! うみのつきよとにじと

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。

近隣の商店街の外れに位置する、こぢんまりとした銭湯・ウミノ湯。店主は渋い鯉口シャツにダボパンツが標準装備、長身痩躯の松田系の美形、羽海野真弓。そして赤道直下辺りの研究所から、約十年ぶりに帰国したリウ先生こと、九十九龍一。羽海野の長い付き合いの年上の恋人。

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毎週木曜はウミノ湯の定休日。そして水曜は昼湯後、早めに閉まる。バイトや入っている店舗の子たちも協力し、いつもより念入りな掃除の後に解散する。

もうすぐ満月。丸い月を愛でながら、ウミノ湯の屋上で夕飯を兼ね二人呑み。九十九のお気に入りボンボンベッド(?)の他にもベンチチェスト等が置かれている。二人の好物のシンハー、そして台湾料理店からのケータリング、カツ丼みたいなパイコー飯。旨いものはこうやって外で食べると倍増だね。九十九が嬉しそうに羽海野のグラスにビールをなみなみと注ぐ。

満月の夜だけかかる虹があるんだよ。そういえばリウが帰ってきちゃったから俺は向こうに行く機会がなくなったな。少し肌寒くなってきて、持ってきていたブランケットを九十九にも掛けながら羽海野はタブレットを取り出す。

「見てくれ。俺もけっこう検索とかしてたんだ」
「…わあ、向こうの俺んちの位置情報からの…すごおい」

羽海野のタブレットには、九十九が住んでいた場所から割り出したいくつかの(すげ沢山の)観光地やビューポイントが。個人の細かなブログまで網羅されている。えすごいこんなのあるんだ?リウなら知ってると思ったがな。懐かしいはずなのに初めて見たような感覚が、九十九の心の中でくるくると踊った。

「綺麗なとこが沢山あるんだな」
「俺がいた時に知らなかった事も今知れたよ。二人だと倍になるな」

九十九は羽海野にうんと近寄って、その目元にキスを落とす。ここまで間近じゃないと気づかない、その真っ黒で大きな目に写った朧の月が、睫毛の隙間からちらつく。だだっ広い砂漠で見上げた、南十字星の側で光ってたもの、羽海野のいるこの穏やかな空の上で丸く優しく浮かぶもの。九十九にとってはそのどれよりも美しいものに見えるのだ。

「リウ、あんま寄ると酒が溢れるぞ」
「うん、でもも少し…」

触れるか触れないかのギリな距離で、鼻先をくっつけあう。しょうがないな。低く笑う羽海野の声が快い。こんなふうに、お互いのことしか考えられない仲になってもう17年になる。羽海野が高校生だったあの頃からずっと、ともすれば一気に消え失せてしまいかねない熱情を抱えながら、ただ抱き合っていた。初めての同性同士の付き合いに、苦いはずの体液を不思議と甘くすら感じるようになった。

リウが何考えてるか当てようか。我に帰った九十九は、羽海野の少しだけ熱っぽく潤んだ目元に指先を滑らせる。ああ、綺麗だ。その目に映り込んだこの月は自分だけが知っていれば、それでいい。


通りを彩る数多の灯の、虹の色を弾き返しながら。



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