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smashing! おいしいうれしいのかおで

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。非常勤である、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている。そして伊達の彼氏で後輩獣医師・設楽泰司も二人と同居している。


たしか、ゴボウが切れてた気がする…

伊達が目を覚ますと、見知った天井。雲母のペントハウス。その中の設楽の部屋だ。昨晩は雲母が元後見人・白河弁護士宅の急用で、数日家を開けると連絡が。新年会でいい感じに酒の入っていた伊達と設楽は、久々なのをいいことに設楽のリミッターがブレイク、要するに色々ブレイク。二十代の体力底知れない。

何時かと思えばまだ昼前。隣にいたはずの設楽は上半身がベッドの下に落っこちて、寝ながらにして腰掛けてる感じで爆睡している。あちこち軋む体を起こし、伊達は設楽をあえて起こさないようにそのまま部屋を出た。簡単にシャワーを浴びてそのへんにあった服とフェイクファーのコートを装備。冷蔵庫を覗くと思った通りゴボウがない。ざっと他の足らないものもチェックし階下へ向かう。エレベーターを待つ間、伊達は小さな声で呟いた。

「…キンピラゴボウなんよね…」

マンションからさほど離れていない商店街へ差し掛かるとおりしもランチタイム。普段はあまり人通りのない場所にも列になっていたりする。暖かいコートのせいか、足元がふわふわと軽く感じる。そこで伊達は気づく。俺そういや昨日けっこう酒呑んだ。

よく立ち寄るスーパーに入ると、今日はあれなの?俺のためデーなの?的な「新鮮な香草」お買い得コーナーがあった。伊達は少々興奮気味にパクチーだのディルだのをカゴに突っ込んでいく。途中の試食コーナーでスモークハムを頬張り、焼きたてのバタールをスライスしてもらって一緒に齧って。散々酒の友を買い込みすぎて目的を忘れそうに。そうだったんゴボウよゴボウ。伊達は慌てて野菜コーナーへと引き返した。

キンピラゴボウは設楽の好物だ。昨日の宴会の席で箸休めで添えられていたそれに、設楽は真っ先に箸をつけ、なぜか複雑な顔で平らげた。うまかったん?そう伊達が聞くと微かに首を横にふる。伊達も食べてみたが「これはこれでアリ」な無難な味だった。

「なんか、薄味なのに甘いおやつみたいで…」

その少し悲しそうにも見える複雑な表情は、陶板焼きやら鯛めしの登場にすぐに鳴りを潜め、いつもの設楽フェイスになっていた。それから、何かが喉元にひっかかっててすっきりしない。伊達はぼんやりとそんなことを考えながら、皆に酌をして回っている設楽を眺めていたのだった。

レジを終え、戦利品を雲母とお揃いのバッグパックに突っ込んで、伊達がスーパーを出るとそこには設楽が手持ち無沙汰な感じで立っていた。

「え設楽!なによくわかったねえここ」
「…ゴボウがないって言ってましたから」
「誰が?」
「伊達さん、昨夜ゴボウのことばっか言ってて」

伊達のバッグパックをひょいと担ぎ、設楽は手を差し出す。ああ繋ごうってことね。そのまま手を握り込んでやると、伊達さんてどこでも平気で手繋いでくれますよね。設楽は目を細めた。それにしても事の最中にゴボウがないないっていう俺ってどうなん。不満げに尖らせた唇を塞がれたのは体感で0.000001秒。おま人前、だが二人の周りに幸い人影はない。

「伊達さんも背負いましょうか?」
「や、いい」

家帰って、うんまいキンピラ作ってやるから。
お前の「美味しい」って顔が見たいんよ俺。それからでい。

設楽がいきなり強い力で伊達を腕を引く。いたたたた痛い設楽あ!早く帰りましょう早く伊達さん。これは嬉しい時のやつ。足早というより競歩かな、みたいな設楽に、伊達は困ったように目を細めた。





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