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smashing! ゆるやかにおまえをからめとり

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている。同僚の設楽泰司とは先輩後輩で、雲母と同じく恋人同士。


過去を知りたいとは思わない。オレは伊達さんと付き合うようになって更に実感している。暮らしの中で日々発見があって、その都度詰め寄ったり笑ったりしてるほうがずっといい。

オレがまだ伊達さんとそうなってなかった頃、伊達さんはうちらの大学の教授と付き合っていた。かなり歳が離れていた相手が心を拗らせ、結局別れた。その人は海外赴任が決まり、自分の所有していた一切合切を伊達さんに譲り渡していった。もう戻らないつもりもあったのだろう、迷惑はかけない、そう言って法的なフォローも全て済ませて。

他人の不動産を図らずも手に入れることになった伊達さんは、それでも見た限りでは何も変わらず、いつもの調子で呑気に過ごしたりしているように見えた。伊達さんがその家に引っ越す前はオレと同じように一人暮らしで、荷物も持たないタイプで。あちこち家具が無くなったりしてチグハグになっていた平屋の中を、オレは伊達さんを手伝いながら掃除し、傷んだところを修繕し、一緒にリフォームした。

「ありがとねえ設楽。おかげで俺の家んなった」

あらかた片付け終わった居間で、疲れて二人で大の字に寝転がって。伊達さんはため息混じりの小さな声で呟いた。よかったです。そんな言葉くらいしかかけらずにいた。その時の伊達さんを抱き締められる権利も立場も、当時のオレは何も持っていなかったから。

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「えーー…ってこれ、お前シルバーじゃないぞ?」
「そうなの?タイガ」
「刻印もそうだけど、裏抜きなしでってすげえなあ」

仕事帰りに用があって実家に寄ったら、珍しく一個上の兄・泰雅が居間で何故かサンドウィッチ盛りを食べていた。名前に伊達さんと同じ字を持つこの兄は、アクセサリーショップを経営していて、中学高校と、オレはこいつにピアスの実験台にされた経歴がある。

明日はクリスマスイブだから今日あげるね。アメかなんかくれるような気軽さで、伊達さんがオレの指に嵌めた指輪。埋め込まれた薄緑の石がアクセントになってる。雲母さんのと似てて、それでもオレの方が少々ゴツめになってて。なんとかハーツみたいでかっこいいですね。そう言うと伊達さんがオレを抱き締めて言った。待たせたねえ、オーダーて時間かかるんよ。

「大事にしなよ。それにしても、こんな純度の高い石なのになあ」
「ん?」
「一見全然わかんないんだけどね、このずっと底…」
「ほんとだ、なんかある」

薄緑の優しい色合いの底、微細なインクルージョンにしか見えない点々があった。硬質のプラチナに収められた緑石。どちらも完璧な美しさだというのに。石嵌める時になにか混じったかもね。兄の泰雅は小さな違和感を感じ取ったようだが、それ以上は何も言わなかった。皿に乗っかったサンドウィッチを二人で平らげて、オレは用事を済ませて伊達さんの家へと戻った。

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「おかえりい設楽!」
「おかえりなさい!今日はお寿司ですよ。伊達さんがお祝いにって」
「…オレの?」

他に誰がいるんよう。伊達さんと雲母さんが笑いながらオレの上着やバッグを取り上げて片付けてしまった。ささ早く早く。居間に入ると煌びやかに並んだ寿司が眩しく映る。うわさっきあんなにサンドウィッチ食ったのに腹が鳴る。テーブルに着いたオレに雲母さんが嬉しそうに熱燗を注いでくれた。

「あの、伊達さん」
「んむ?」(もうウニ頬張ってる)
「オレの指輪、どうしてクリスマスイブの前日に?」
「そりゃお前。イブとかはサンタさんの日だから」

お前にそれをあげたいんは一回だけ。サンタさんじゃ毎年来てくれちゃうから、意味合いが違うんよね。

「僕も設楽くんも、伊達さんにとっては唯一なんですよ」

雲母さんの優しい物言いが、伊達さんのちょっと照れて逸らされた横顔と重なる。こんなクリスマスイブイブプレゼントも、悪くないな、なんて。いま感動で涙しなかった分、オレは成長したかもなって思ったんだ。

「あの、あとこの指輪の石の下の方、なにかあるかもって兄ちゃんが」
「お、タイガくんは見つけたかあ」
「流石ですね」

ー 薄緑の優しい色合いの底、微細なインクルージョンが ー

後になってそれは伊達さんの「血」なんだと聞かされた。雲母さんとオレ、二人に嵌められたプラチナの意味を、オレは現実から最も遠いところで、何度も何度も目も眩むほどの幸福感に、ただ呆然と浸っていた。




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