見出し画像

smashing! パスコードはみどりのいし

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。病院の経理担当である税理士・雲母春己。その雲母の元後見人はフリー弁護士・白河夏己。

週末、立て込んでいた案件の処理を遅くまで手伝ってくれたハルを労うため、少し離れた温泉に連れて行くことにした。ハルは昔からとても我慢強く気が長い子なので、疲れた等口にすることがない。頃合いを見てこっちからガス抜きしてやらないと、そう思って。

昼過ぎ、ハルは宿に着いてすぐうろうろと写真を撮ったりしている。これあのお二人にも見せたくて。それにしても館内の何を撮りたいんだ?そう聞いたら、面白そうなもの。だと。あれか映えってやつか?ハルの撮ったやつ見たらさっき食った飯(必須らしい)やら変なご当地キャラだの変わった看板だの。とやかくは言わないでおくがまあ、楽しそうで何よりだ。

部屋に通されてすぐ部屋付きの露天風呂に。浴槽でハルと並んで手足を伸ばす。あーここ僕と先生でもこんなにゆったり。そうなんだよな俺らは幅はないけど丈が長いからなあ。何もかも寸足らずだわ窮屈なんだよな。それにしてもここの風呂はいいなあ広いし景色も抜群で。ハルに背中流してもらって、ついでに肩を揉んでもらう。これがまた絶妙だった。俺があまり長湯を好まないことも知ってるので、早めに上がってご飯にしましょう、何も言わなくても全部先に先にと手配してくれる。今日はハルの労いなのにな。

懐石料理ってやつはゆっくり来るから、その分話も弾むし嫌いではない。ここは魚介がうまいらしい。ぷりぷりした刺身を頬張ってハルがずっと頷いている。冷えた地酒と魚ってやつはなんでこんな魅惑的なんだろうな。酒が進んで仕方ない。

僕のコレクションをご覧ください。そう言ってハルはつけっぱなしのテレビを切って、大きめのタブレットをテーブルに設置。そこにはハルと伊達くんと信楽…じゃなかった設楽くんの画像があった。これは皆さんと吹雪の温泉に行った時、これはサバゲーの時。なにこの枚数。ああこれは楽しそうだなあ。この後の子はなんでパンツ履いてないんだ?千弦くんは漢ですので。よくわかんない返しも。撮ってるのはほぼハルだろうに、ハルの映ってるのがあるわあるわ。それも全部満面の笑み、爆笑フェイス、とにかくハルが笑ってるのばっかり。

俺と暮らしていた数年間、こんなに笑ってたことはなかった。いや、笑ってはいたけど、同年代の友人に囲まれたハルを見たことがなかったからなんだろうな。明らかに俺や俺の周りにいた人間に向けたものとは違っていた。子供じゃないけど、子供らしい幼い顔だ。

ハルは今は彼氏と、その彼氏と一緒に暮らしている。何か法的に問題があったらすぐに言いなさい。そんな俺にハルはただただ穏やかに、僕がこんなに幸せなのは先生のお陰なんです。そう言うだけで。こんなに沢山の写真の中には全く陰りがない。それどころかなんていうのか、不思議にパワーが溢れてさえ思える。

これ、先生にってお二人から。ハルの手が俺の手を包み込むように渡してきた小さな箱、中にはネクタイピン。美しい薄緑の石が嵌め込まれていた。これはペリドットです、僕の指輪にもほら。左手をかざして見せるハルの指輪と同じ石を使ってくれてるなんて。伊達くんと設楽くんの気遣いかな。ハルは小さく笑って。

僕たちも先生も、同じ家族、なんですって。

手のひらで光る薄緑。あの二人とハルのまるで絆のように思えて。そこに加えてくれたパスコードみたいに、俺を導いて歓迎している、そんな感じがした。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?