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smashing! きみのこころのちゅうしんで

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗。彼は佐久間の病院の経理担当である税理士・雲母春己の恋人だ。

郊外の伊達の所有する平屋。そこに滞在中の伊達と雲母は、昼過ぎから近所のいたどりショッピングモールまで買い物(というかお散歩デート)に出かけた。ちょろっと寄るだけなら歩いてこっか。伊達の提案を雲母は快諾した。

「すごいお買い得でした…年末も買い出しに行きたいですね」
「年末ね!設楽にハマー出してもらってみんなで行こ」
「たくさん買い込めますね♡」

舗装されていない畦道を進めば近道になる。車だとけっこうな遠回りになるので、大荷物にならなければ徒歩か、悪路に慣れていれば自転車が早い。今日はちょっとしたチーズやベーコン、香草やバケットなんかを買い込み、雲母愛用の保冷トートにしっかりと収まった。伊達とお揃い。コンパクトだが収納力がありバックパックにもなる優れものだ。

辺りは風もなく暖かく、けれどすっかり冬の淡い青に変わった空を眺めながら、雲母は伊達の少し後ろを歩く。意識せずペアルック気味のモッズコートとジーンズ。なんかの制服かな?設楽と三人の時もほぼこんなだったりする。

畦道から少し高さのある堤防沿い。雲母を振り返った伊達が、そっと後ろ手を伸ばす。気づいた雲母は少しだけ笑って、その手を緩く握る。ハルちゃん手冷たいね。伊達は雲母の手ごと自分のポケットに入れようとして不意に思い出す。16センチの身長差に。

「フフ…ククッ…ッ」
「ハルちゃんがつんのめっちゃうん」
「大丈夫。ほら、僕のほうに」

雲母が繋いだ手を、自分のポケットに。ああ、あったかいやあ。伊達が嬉しそうににぎにぎと手を動かした。あったかいですね。ここに来て二人してまさかの「照れ」発動。お互いの赤らんだ顔を見て吹き出しそうになる。その時。堤防の傾斜部分にいた雲母の足元が滑った。あ、あああ。踏ん張る間もなく、手を繋いでいた伊達も引っ張られ巻き込まれ共に転んだ。

「……えこの年なって転ぶとか…」
「ククッ…クッ…フフフ…」
「あーあ派手に…ハルちゃん大丈夫?」

どうにも笑いが抑えられない雲母を抱えて立たせ、伊達はその被害を確認。モッズコートとジーンズがけっこう食らっている。その割には二人とも打ち身もなさそうで良かった。ようやく立ち上がった雲母は伊達に向かって言った。

「ククッ…クッ…ハァ…だ、伊達さん、僕やってみたいことが」
「?なんだろね?着替え?」
「いえ。たしか、こう…」

堤防の上に戻り、雲母は座ったままいきなり下に向かって滑り出した。モッズコートを橇代わりに。数日前の雨が幸いし、雲母は一直線に畦道へ。すごい!こんなに滑れるんですね!伊達が思わず差し出した手を取り、雲母が楽しそうに笑っている。モッズコート逝ったな。

「よかったーバックパックでよかったー!ハルちゃんほら荷物預かるから!」

もっと滑っていいよおハルちゃん!雲母は嬉しそうにまた堤防の上まで登って行った。あんなシュッとしたカッコいい男子が、斜面をお尻で滑っていくんよねえいわば絶景よねえ…(?)自分や設楽と過ごすようになって、どんどん雲母の「内面」がクリアになってきた気がする。やってみたかったこといっぱいあったんだねえ。伊達にはそれが実は一番嬉しいことだった。触れ合うのは好き。でも雲母のことを薄皮を剥ぐように知っていくことは、もっと好きだ。

「…設楽にも見せたろっと」

携帯のビデオをスタンバイした伊達は、歓声を上げる雲母の元に駆け寄っていった。



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