見出し画像

smashing! ばしょをかえきぶんもかえ

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。その近所の商店街から通りを数本入ったところにある台湾料理店。場所が少し入り組んでいるのと、広々とはしているが袋小路的な作りのため、あまり混雑することはない穴場だ。

店の前にはテーブル席と長椅子に座れる屋台。その中の端っこのテーブル席は伊達のお気に入り。静かで目立たないけれど厨房の窓からダイレクトに注文のできる場所だ。仕事というほどのものではないが、ちょっとした作業や計算を伴ったりするものや集中したい案件のある時。伊達は雲母のマンションに滞在時、この店のこの席にやってくるようになった。

あんずサワー片手にルーロー飯を注文し、伊達は持ち込んだメモやルーズリーフを開く。ここのきちんと拭かれたテーブルはこういう時に助かるねえ、甘いサワーを一口。午後の商店街なのにここは静かだ。伊達は目の前の自ら受けちゃった雑用をやっつけ始めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

伊達が、佐久間と喜多村の病院にいるとばかり思っていた設楽。何度か電話をかけたが通じない。電波の届かないとこってどこなんですかおい。よく充電切らしたり電源入れ忘れたりしてるからな。何かあるとは思っていないが、心配事の大方は何も起こらないものだ。いつもの伊達のお散歩コース、馴染みの猫、馴染みのお爺ちゃん、その辺りを経て、設楽は台湾料理店の通りに差し掛かった。いた。ふわふわ焦茶頭。テーブルに突っ伏しているようにも見えるその姿にちょっとだけ緊張しながら、その側まで走り寄り、声をかけた。

「伊達さん、伊達さんてば」
「えっ…と、あれ設楽。よくわかったねえ」
「寝てました?」
「んや、帳尻が合ったからほっとして力抜けて」

一発で合ったんよ!伊達は嬉しそうに紙の仕事を片付け始める。それを手伝いながら設楽が呟いた。

「伊達さんてこういう、雑用みたいなやつ、家に持ち込まないですよねそういえば」

違うのよこれはねえ、あ。伊達は思い出したように厨房の窓に向かってイカ団子とジョッキ2杯を頼んだ。書類の束を詰めたカバンを長椅子から退けて、設楽を手招きし隣に座らせる。

「これ紙のデータ整理面倒いん。あんまり楽しくない雑用よね」
「教授に頼まれてたやつですね」
「俺はね、場所変えたりすんの。そしたらさ、楽しくないやつも不思議と集中できたりね」
「成程」

でも携帯の電源は入れといて欲しいです。あらごめえん。カバンの底から携帯を取り出し、伊達は電源を入れ…充電そのものが切れていた。気をつけますう。バツの悪そうな伊達の頬を、設楽は緩く「ムニュ」と掴んだ。

「じゃあ今度、そういうのあったら俺にも手伝わせて下さい」
「面白くないんよ?」
「場所と方法も変えたら、物凄く楽しくなるかもですよ」

すごいポジティブなやつな!大笑いする伊達につられて笑う設楽に、伊達は掠めるように秒でキスをする。場所はわかるけど方法て何?設楽は伊達の腰に手を回し、口の端を上げながら。

「そういうことはサプライズじゃないと」

その返しに心底嬉しそうに、伊達は設楽の脇腹(弱い)を擽ってやったのだった。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?