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smashing! うみのはて たからとともに

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。毎週水曜は午前のみ。

商店街の外れにある銭湯ウミノ湯。冬至であるこの日は毎年柚子湯を設えている。広い浴槽にたくさんの柚子が浮かんでいてなかなか評判がいい。そして入浴後は柚子ジュースか柚子サワーのサービスが付く。
佐久間の病院は水曜は午前中のみなので、喜多村と佐久間は昼からウミノ湯にやってきた。

「すごいな柚子が」
「なんかこう、みっしり浮いてるな…」

もうすぐ朝湯も終わるので他に人もいない。それなのに柚子の中に人の頭が見える、くらいの柚子の密集具合。ただその分、香りがとても立っている。佐久間と喜多村は柚子に埋もれる感じになりながらも、広い浴槽でうんと伸びをした。

「こんなにいっぱい贅沢に入ってるの初めてだ」
「俺んちは大抵柚子の香りのバスなんとかだった」
「千弦それ懐かしいな!」

実家風呂あるあるが続く中、洗い場に貼られた防水加工チラシを発見。これ見るの俺けっこう楽しみ。喜多村は楽しそうにチラシを眺める。その時、佐久間の目が光った。

「?どうした鬼丸」
「…千弦、さっき飯食っちゃったけど食堂寄っていい?」
「俺の胃袋はオールインワン(?)…てか何があるの?」

そこには「南アフリカワイン入荷」の文字。どこまでも味わい深く重く余計な甘みのない一見厳しいが素晴らしい味(佐久間談)だというそのワインは、あまりお目にかかれない逸品。ここで目を光らせるのは本来ならば雲母ハルちゃんなのだが、いかんせんウチの院長もワインが大好きである。

たっぷり柚子湯も堪能できたし、食堂寄ってこう。浴場から出て少し急いた感じで着替える。喜多村は番台に座っている羽海野に向かって、すっごい柚子だった!俺ら埋まっちゃってたよ。と爽やかな笑顔で声をかけた。

何でも沢山入れといたほうがいいんだ。番台の羽海野は仏頂面で答えた。その恋人である九十九龍一は、その後ろの小さなテレビの前で幕下の取り組みからちゃんと相撲中継を見ている。

「入ってるやつは食用には向かないやつだからな。こうやって使わせてもらってお役御免にするんだ」
「真弓はなんでも最後まで使い切るんだよ」

リウ先生のデレ顔見るとウミノ湯来たって感じなるよな。喜多村が茶化すように笑う。羽海野は表情を変えることもなく、手元の柚子サワー引き換え券を二人に渡した。

「なあおふたりさん、ブルボスっていう珍しいソーセージが入ったんだ。食べていかないか?」
「鬼丸、食べてこうソーセージ食べたい食べたい」
「じゃあ俺はそれとあのワインと燻製」
「え俺も呑むし食うし!」

リウもそろそろ上がって飯にするといい。羽海野がそろそろ朝風呂を終いにするため、暖簾を下げに席を立った。二人と冗談を言い合いながら、目線は廊下やその隅にゴミがないか無意識にチェックしている。気配りがほんと繊細だな。九十九は羽海野の後ろ姿を見て思う。
何でも最後まで使い切る。飯の材料もリネン類も。無駄を嫌うがケチることなどなく、最後まで全ての人や物に「敬意」を払うことを忘れない。

ああ、いい子だなあ。

九十九はこうやって日に何度も何度も、羽海野の美点ばかりを数え上げては、全てをそのまま胸の中に仕舞い込む。誰にも見せることのない九十九の宝物。

「リウ、そこ片付けたら一緒に食おう」

羽海野のよく通る声が廊下の向こうから、柚子の香りを纏ってここまで届いた。





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