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smashing! きみのあたまのなかのうみ

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。経理担当である税理士・雲母春己は、そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と付き合っている。そして伊達は後輩の設楽泰司とも恋人同士。

僕だけの誰か、僕だけの何か。そういった独占的な感覚にはあまり興味がなくて、所有したりされたり、僕の中でけっこうそんな価値観が勝手に戦っていたりもしたけど、自動思考のようなものと認識したあたりから、尊重すべきものが見えてきた気がする。

恋人の存在を「僕だけの」ではなく「僕の」と定義する。すると相手の選択肢も当然変化して、一対一の場合お互いしかいない、それが所謂価値観となる。物に対しても、例えば「僕の」ペン、としましょうか。そのペンは「僕の」もの。けれども誰かが貸して欲しい、と言ったら、僕はそのペンを相手に渡してしまえる。その時点でペンは「僕の」ものではあるけれど「僕だけ」のものではない。

所有と独占の違い、近いのはそんな表現。そこに「欲」が入ると「僕だけの」という付加価値が勢いを増してしまう。ただ僕は、「欲」無しではヒトというものは何も出来ない、そう思っているので、どうしたら「欲」をちょうどいい塩梅で活かすことができるのかと、ただ漠然と考えていたりするのだが。

「…ハルちが珍しい、そんな呑んでないのにねえ」
「雲母さん寝てなかったかも」
「あー爆ノンブレスで喋ってたねえ昨夜も…」

オレ運びます。設楽はソファーに倒れ込んでいる雲母をひょいと抱き上げ、雲母の部屋へと向かう。細いのに手足がみょーんとはみ出す感じがイイんよねえ、伊達はチューハイを手に設楽の後ろ姿を眺めて笑う。雲母が意識を飛ばすまで、二人の前でひとしきり語っていたことを、きっと雲母は覚えていない。

僕だけの誰か、僕だけの何か。

んな難しいこと考えてないで、俺らと面白可笑しく暮らしてればいいのにねえ。きっとこの「難しい」という定義すら雲母は認識していないのかもしれない。けど語るだけ語ってハルちゃんが何かを掴み取れるっていうなら、俺はいくらでも聞いたげるよノンブレス。

「雲母さんの頭の中でずっと思考回路が動いてるんでしょうね」

雲母を寝かせリビングに戻ってきた設楽が伊達に言う。オレらいくらでも聞けますよね伊達さん、自分と同じこと考えてて笑える。そうね、そんな自分らだから、こうやって雲母の「答え」を、だだっ広い海の中、光差す世界を、一緒に探していられるんだ。深海の底の存在しない正解をあれこれ選り分けながら。


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