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smashing! きづけばおちるあのかんじ

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている。そして二人と一緒に住み始めたのは伊達の後輩で恋人、設楽泰司。

大学付属動物病院の昼休憩。伊達と設楽は近所にあるうどん屋で天ぷらうどん定食を注文、自分の大きな海老天と設楽のさつま芋天を取り替えている伊達に、設楽は相談を持ちかけた。

「俺とこの兄弟の次男なんですけど」
「…えっと…たしか造のつく、泰造さんだったっけ?」
「なんか一目惚れしたらしくて」

設楽家の次男・設楽泰造34才。フリーライターで、忙しいからと滅多に実家に戻らず、伊達も雲母も会ったことがない。設楽本人も数年会っておらず、それなのに何故そんな浮いた話を耳にしたかというと、いきなり設楽のところに連絡があり、三人で付き合ってるくらいだからオマエはソッチの達人に違いない、助言をくれ、と言われたのだ。

「ソッチのたつじん!」
「どっちかっていうと伊達さんですよエロ達人は」
「もっと優しく扱ってえ!」

ライターの取材関係で知り合ったちょっと年上の紳士がどストライク、しかし生来の人見知りが災いし、仕事以外の気の利いた話題も何にも聞けず振れなかった、と。ただよくよく聞けばその紳士、どうやらこちら側で覚えのある(?)御方。

「法律関係で仕事が出来てスーツでオシャレで長身痩躯で」
「うんうん」
「たまに同じく長身痩躯の美形メガネくんと連れ立って歩いてたり」
「うん…ん?」
「紳士の家にそのメガネくんが出入りしているとか」
「…アレレ?それすごく知ってる?」

十中八九、雲母春己の保護者(違)で敏腕フリー弁護士・白河夏己先生のことじゃないのかな?案件。

「でもさお前んとこの兄弟皆んな同じ顔じゃん?」
「ちょっとずつ違います」
「(スルー)先生だって気づくよねえ?苗字も設楽だしい」
「それが実は」

泰造はフリーライター。ペンネームもしくはハンドルネームで活動している者はほぼ本名は知られることはない。白河にしてみれば「アレレ?ウチのシガラキに似てるぞ?」程度にしか認識されてないのかも。ただ相手が白河であるなら話は早い。シガラキくんもとい設楽の兄弟というカード、使わない手はないからだ。

病院に戻り、給湯室で伊達が淹れたコーヒーを二人で飲む。ただハルちゃんの意見がどうかって事よねえ、伊達は小さくため息をつく。雲母を引き取ってから白河は恋愛というものを自ら排除してしまったほどに、雲母を大切にしてきたのだ。独立してなお続く白河の「禁欲」は、言ってしまえば雲母にとっての「安心」だ。大丈夫だろうか、今更ではあるが、あの二人の間に入り込む隙は存在するのだろうか。伊達と設楽はそのことが気がかりだった。

「いっぺんさ、俺からハルちにそれとなく話してみるん」
「…お願いします、オレは泰造兄さんに直接話してみるので」

どうするのがいいかねえ、伊達は珍しく真顔でつぶやいた。ただね伊達さん、当事者にしかどうにもならない事ですから。気付いたら落ちてる、「恋」を表すものはそんなのしか思いつかない。ひょっとしたら白河が全くの無関心だったりするかも、その可能性の方が今は高そうではある。せっかくの浮かれた話はとことん浮かれさせてやりたいのが本音。あとは大切な者への根回しと気遣い。コーヒーの香りの立ち込める室内、眩しいほどの晴天の窓の外を眺めながら、伊達は雲母にメールを打ち始めたのだった。


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