見出し画像

smashing! きみとおれのベクトル

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。彼らの友人、小越優羽と結城卓。彼らは同性で恋人同士。小越は売れっ子の若い庭師。元不動産会社エリート営業だった結城は、小越と一緒に暮らしている。

日が落ちるのが早くなった。マンションの一階専用庭。結城は猫6匹に繋いだリードを手に空を眺めていた。今日は小越が早目に帰宅できる、そうメッセージが入っていた。年末に向かって忙しくなり始めた庭師の小越優羽は、それでも疲れの色も全く見せず毎日を元気に過ごしている。

小散歩を終えた猫たちを縁側から屋内に入れ、結城はそのままキッチンに向かった。小柄で華奢で色白で、茶髪はマッシュ。美しく大きな琥珀色の目は猫のようで、一緒に暮らす恋人の小越よりも実は一回り以上お兄さんだ。全然そう見えないけど。

結城の得意料理は「丼」なのだが、独創性に溢れ意外に美味しいと仲間内でも人気が高いのだ。今日何丼にしよかな、冷蔵庫の中身を見ながら吟味、頂き物の高級マグロの赤身、完熟アボカド、玉ねぎ。オゴはないけどポキ丼にしようと決めた。あとはごま油と醤油、にんにく。結城の気に入っている九州の醤油は少し甘くて、こういった丼にうってつけだと思っている。

友人たちが韓流に巻き込まれてる時にあえてハワイアン。いいもんハワイ大好きだし。ついでにマリブ割って出したらもおハワイだもんね。結城は急に思いついたように自室に走り、カラフルなアロハを羽織り、デンファレの造花を髪に挿した。なんでこんなのがあるのか、俺の家のクローゼットは無法地帯な気がする。ほぼ小越が整理しているので結城にはわからないことだらけだ。

リビングのテーブルをいつもより可愛く、とはいっても深いブルーのランチョンマットにロイヤルなんとかのジャパニーズを並べる。和食器みたいで可愛い皿は結城のお気に入りだ。もうすぐ帰るね、小越はまめにメッセージを送るのは、こう見えて結城はかなりの心配性だから。それを表に出さないので気づかれない事が多いが、いろんな不安を飲み込んでしまう癖を、小越はこうして和らげてやっている。

猫たちが一斉に玄関に向かう。小越が帰ってきたのだ。結城は軽い足取りで猫のあとを追い、玄関でもみくちゃになっている小越に声をかける。ご飯できてるよ優羽!途端に破顔し結城をハグする小越の腕の中は、何かの葉や枝が勲章のようにくっついている。

うわあ卓可愛いねそれ。ピンクのデンファレの造花。嬉しそうに結城の髪に触れ、まじまじとアロハ姿を見つめる小越。結城はその手を繋ぎリビングに誘導し、ソファーに隣同士で座る。ポキ丼とピニャコラーダに歓声を上げ、いただきますと同時に小越は大口で食べ始めた。食いっぷりがいいよね、結城も食欲をそそられ、つられるように大口でがっつり。ご飯も上手に炊けてる、些細なことも全て拾って、結城を労う小越。

実は甘やかされるのが何より好きだ、それは結城の本心。甘やかされ、癒され、ただそれだけを糧に暮らしたい、どの相手にも伝わらなかったその心は果たして、小越だけが察することができた。結城が作った料理は全部美味しいと言う。酒を飲む時はとことん付き合う、過去の話を突き詰めたりしない。こんなできた相手でも、不安になる時があって。

尽くされすぎる、自分にとって勿体なさすぎやしないか、と。

それでもそんな気持ちをちゃんと汲み取って、今日も小越は結城は心配する暇もないほどに甘やかし、ポキ丼をおかわりし、ピニャコラーダを一気呑みする。卓の全部が大好きなんだ、そう、小越の全身はいつも結城のベクトルと同じ方向を向いているから。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?