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smashing! たべたいのとくいたいのと

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。

数週続いた将棋教室講師、夏休み間近、しばらくの間は子供向けにシフトするので、俺はとりあえず終了。千弦が昨日からとても嬉しそうに、やれお疲れ様だの打ち上げだの、冷蔵庫に入りきらない常備菜が溢れかえっている。困ったこれじゃ常備できない、そんな時は大抵リビングでゲームしたりリイコと昼寝してたりする結城すぐるんに、せっかくだから持って帰ってもらう。卓は毎回全ウェルカムな笑顔で持ち帰ってくれる。これもある意味目当てなのかな。千弦が作るやつに卓の好物も多いのはそのせいかもしれない。

一応今季ラストとなる将棋教室の帰りに、町内会長の奥さんが限定バームクーヘンを下さったり、八百屋の大将がズッキーニを持たせてくれたり。大荷物で家に戻ってリビングでようやく一息で今ココ。

「お疲れさんだな!鬼丸何食べたい?何でもできるぞ?」
「すごい嬉しい、じゃあうどんがいいな」
「御意だ。肉味噌がいい出来だから、坦々麺風にしよう」

高らかなバリトンで怪しげな歌を歌いながら、千弦はキッチンに消えた。なんか聞いたことあるけどよくわからない曲。俺は今時のものに今いち疎いんだ。あれだ、スイーツとかだったらまだいけるんだけどな。テーブルに箸やなんかを並べながら独り言。鬼丸なにか言った?トレーに大盛りうどんをのっけた千弦がいつのまにか側に。なんでもないなんでもない。こういう時に無駄に焦るのってどういう現象なんだろうか。

いただきます。大盛りうどんに大盛りの肉味噌が。ピリ辛でじつに美味そう。思ったより数倍美味くて唸ってたら、向かい側の千弦も同リアクション。ズルズルと音を立てて遠慮なく食べるうどんは本当に美味いんだ。大汗かいて、箸休めのポテサラもがっつく。千弦のその形のいい唇が大きく開いて、食べ物を咀嚼する。普段は食べ方がきれいで音も立たないけど、こういう時は野生の獣が牙を覗かせるように。赤い舌の鮮やかさ。思わず見惚れそうになる。

鬼丸何食べたい?

あの言葉がずっと耳から離れない。こんなこと考えてる場合じゃないんだけどな、飯食わないと。空になってく丼の底を攫いながら目を合わせられなくなる自分に気づいてはっとする。俺は、俺が食べたい、のは。

「…鬼丸これ食ったらさ、頼みがあるんだが」

千弦の声に顔を上げた俺の目の前。見慣れたはずの千弦の表情は、ある意味見慣れた、あの。

俺が食べたいのと、お前が食いたいのってのは同じなんだろうな、なんて気づくより先に。つと伸ばした腕を強く引かれ。否応なくなし崩す。



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