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smashing! たいせつなひともうんがいい

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている。そして二人と一緒に住み始めたのは伊達の後輩で恋人、設楽泰司。


そういえば今日で近所のパン工房のスタンプカードがいっぱいになる。郊外の伊達の平屋。早上がりであの二人より早めに帰宅した設楽は、家の掃除をしていて思い出したのだった。いつも財布と一緒に常備しているカードホルダーには、みっちりとショップカードの類が期限ごとに分類されている。

いっぱいになりそうなのは、近所のいたどりショッピングセンター内パン工房と、少し離れた酒屋。この酒屋はマニアックな酒を多々取り扱っている所で、以前伊達が教えてくれた店。御用聞きにも時折訪れてくれるが、直接店に行って買い付ける方が自分には合っているな、と設楽は思う。

掃除と夕食の簡単な仕込みを終え、車を出す。この時期暑くて昼間は大変だが、空調を効かせるよりも窓全開で走るのが設楽は好きだ。一面に広がる若い稲。車の中に水田の匂いが吹き抜けていく。蝉の声もツクツクボウシが混ざり始めた。暑くても季節は徐々に秋めいてきている。

いたどりショッピングモールのパン工房で、いつものハードブレッドやちょっと甘めのブリオッシュなんかを買い込む。これは伊達の好物なのだが、すぐ売り切れてしまうのでめったに手に入らない。今日は「運がいい」。いっぱいになったスタンプカード(1000円の金券になる)、しかも半額サービス券までおまけについてきた。超嬉しいけどニコッくらいしか態度には出さない。日頃の鍛錬でクールな男は培われていくのである。わけわかんないけど。

ショッピングモールの出口でレシート提示でクジを引いたら、なんと2等の米5kgが当たった。めっちゃ鐘鳴らされたんだけど。マジか。今日は「運がいい」どころじゃない気がしてくる。ここでもクールにニコッとしておいたが、変な汗が出てきたから減点だな。設楽はよくこうして自分をジャッジしている。

この流れに乗ると次あたりなにかまだありそうだな。ショッピングモールから少し離れた酒屋に。駐車場に車を停め入り口に向かうと、なんと臨時休業の張り紙。あら、運が打ち止めん。仕方なく車に戻りかけた設楽に、店の裏口から現れた店主が平謝り。どうやら臨時休業は昨日で、張り紙を剥がし忘れたらしい。お客さんこないなーって思ってたんですよね。ここの店主は呑気でどことなく伊達を彷彿とさせる。

貸切状態で選んだ酒は醸し人九平次。もうこれだけで運がいい確定、自分史上浮かれ度ナンバーワンなのだが表に出さない設楽。店主がおわびとサービスと言って可愛らしい切り子細工のグラスセットをくれた。やっぱり今日は「運がいい」。スタンプカードもいっぱいになったし、そろそろ家に戻らないと。日の落ちかけた空を眺め、設楽は車を発進させた。切り子細工のグラスはワインを注いでもきっと映えるな、雲母が喜ぶに違いない。

大家族で育ったせいもあってか、お得な割引券やスタンプカードや、チラシのアプリなんかを駆使するのが設楽には欠かせないものになっているが、あの二人には強要したことはない。ただ少しでも楽しみが増えたら、そんな気持ちで、一緒に買い物に行ったりした時に券を手渡したりする。雲母はそれできれいな小鉢を貰ったと、とても喜んでくれたりした。伊達は設楽の渡した券やクーポンを、設楽がくれたから、そう言って財布の中に大切にしまっているのだ。

節約と言うよりはクエストをクリアするのが楽しい、そんな設楽は大切にして大切にされて、そんな相手が二人もいたりするのだ。そのくらい余裕だ、いままで9人もの家族の中で「大切」を交換していた猛者なのだから。

信号待ち、伊達からのメール。設楽のくれた福引券でお米が当たったんよ!画像付き。病院近くの大型スーパー。お米被っちゃったな。さすが主君も「運がいい」。運は伝染するんだな。運転席で思わず顔を綻ばせた設楽。誰も見ていないところで、この日一番の「運がいい」笑顔。


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