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smashing! きみにとどくうたを
佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。この病院の税理士・雲母春己は二人の先輩である理学療法士・伊達雅宗と付き合っていて、そして伊達の彼氏になった設楽泰司も一緒に、三人で暮らしている。
渋滞気味の車の列はさっきから遅々として進まない。こんな日もありますね。車内に流れる音楽は最近、伊達や設楽がお気に入りのアーティストの音楽配信。家でもこんなふうに車の中でも、二人と同じものをかけていたくなる。
もうすぐ日付を跨ぐ時刻、目の前に溢れる無数のブレーキやテールランプ。雨混じりの雪のフィルターは、それらを煌びやかな輝きに変えてくれる。キラキラしててとても綺麗、渋滞の列は実はそんなに嫌いではない。ずっと見ていられる、自分が運転してなければ、ですが。その時、助手席に無造作に置かれていた携帯から高らかに鳴り響く、独眼竜政宗(音は小さいけど)。
ハルちゃんおつかれさまね、スピーカーでだとまるで伊達が隣に座っているようで、雲母の表情が優しく綻ぶ。ごめんなさい渋滞でもう少しかかりそうです、大丈夫よ大丈夫。今日は雲母の誕生日、伊達はご馳走を作って家で待っている。できれば今日中に帰りたかったんですが。税理士である自分の繁忙期、野暮な愚痴でこの温かな思いを台無しにしたくなかった。
雲母は目の前に滲む赤い光の群れを撮り、伊達に送った。うわすごい前詰まってるけど光、綺麗なもんだねえ。自分の見て感じ取った景色をこの色を、伊達はいつも全て理解してくれている。いつも驚かされるこの気持ちをどう表そうかと、雲母はありったけの語彙をフル稼働して考える、けど相応しい言葉はいつも、フロントガラスに降り溶けゆく雪の欠片のように曖昧に消えてしまう。
ハッピーバースデー、ハルちゃーん
ハッピーバースデー、ハルちゃーん…
いつのまにか0時を回った車内に響く、伊達の小さな声。雲母は少し息を呑みその歌声に耳を傾ける。この人はいつだって、自分でも気づかないような心の軋みを、こうして一番欲しかった形でもって癒やそうとしてくれる。渋滞の車の中なのにまるで豪華なスイートにでもいるような安寧。
伊達からもうひとつ、送られて来たのはケーキ?の画像。暗くてよくわかんないけど、ベリーとブラックカラントの美味しいケーキ作ってみたんよ。あの願いの叶うといわれるやつですか?そうあれも入ってるんよ、設楽も朝方帰ってくるからねびっくりさせてやろう思って。
その時急に、前の車が動き始めた。あ渋滞が緩和しそうです、ここが車内だということをすっかり忘れ、伊達とのラブラブヘブンリーワールドの渦中にいた雲母は慌ててハンドルを握り直す。動き出したの?やったあ。これから音速で帰りますから伊達さん、僕のお願いを聞いていただけますか?
雲母がリクエストしたのは女性アーティストの古いバラード、青の名を持つ曲。僕の大好きな曲を歌ってほしいんです、ウンわかった、電話の向こうで歌詞に苦戦しながら、それでも伊達は歌い始めた。雪に溶ける輝きを纏い、一目散に帰宅しようとする、昨日が誕生日だった、雲母のためだけに。
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