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smashing! おまえがよければここにいて

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士の働く、佐久間イヌネコ病院のある街から新幹線と地下鉄で約3時間。そこは敷地内で数匹の猫が暮らす小さな寺。その寺の現住職・妙達こと佐久間達丸は鬼丸の兄。


ご自由にどうぞ

そう書かれたザルの中には沢山の柿。やだこれ美味しいから売れるわよぉ達っちゃん、旧友の真々部千秋に散々言われながらも、佐久間達丸は寺で獲れた野菜や果物を、寺の出入り口に小さな屋根付きの台を出し皆に振る舞っている。今年はなんでもかんでも豊作で、その分沢山のお返しも寺に届いた。俺ぁ何より嬉しいのは古漬けだ、達丸の好みの漬物をそうと知ってて届けてくれる檀家さんも。

紅葉の始まった寺の木々の落ち葉を、下手すると一日中掃除して回る時期。僧侶見習いの徳河慶喜は、焚き付けにするための落ち葉を選りすぐり、階段の隅にしまっておく。週一ぐらいでこれを使って達丸和尚が庭でサツマイモを焼くのだ。ギャラリーは達丸の友人たちだったり、近くの幼稚園の園児たちだったり、その時々で違ってはいるが、皆一様に焼き芋に大喜びするので達丸も嬉しそうだ。

夕方。サツマイモのいいの貰ったのよ、ここ暫く本業のキャラクターデザイナーの仕事で忙しくしていた真々部が、一ヶ月ぶりに寺にやってきた。長身でガタイ良くライダースとジーンズで身を包み、長髪を後ろでまとめた真々部は、黙っていればワイルド系美形なのだが、他人を怖がらせることなく優しくあろうと、小さな頃から努力した結果、オネエ言葉が定着してしまったのだ。

日の落ちかけた寺の庭園の隅、徳河は手慣れた様子で半切りドラム缶に焚き付けを入れ火を起こし、サツマイモをホイルで包み火の中に放り込んだ。本堂まで達丸を呼びに行った真々部が、何故か台所のある母屋の方から戻ってくる。珍しくビールとペットボトルのお茶、なにやらつまみ類なんかを大量に持って。達ちゃんが支度してくれっていうのよう、ぶつくさ言いながらも、久しぶりに達丸に色々言いつけられた真々部は嬉しそうだ。

ドラム缶の側にベンチとキャンピングテーブル、ディレクターズチェアを並べスタンバイ。焼き芋のいい匂いが漂い、準備が整った頃合いを見てようやく達丸がやってきた。これ貰った古漬けだ、タッパーに入った沢庵とともに。熱々のホイル焼き芋に齧り付き、三人はほぉーだかうわぁーだか判別不能な声を次々に上げる。焼き芋はほくほくに限るわよね、この寺では珍しいビールもつまみのナッツも、真々部の好物だ。

やっと来れたわよかったあ、真々部がビールを一気飲みしてほっと呟く。ママがよければここで仕事したらいい、達丸が開け口に四苦八苦しているポールウィンナーを、だって俺が仕事できないのよここだと、真々部はその開け口を指先で秒で千切ってやった。

ここだとつい達っちゃんを手伝っちゃうでしょ、達丸は思い当たる節に頷きながら、下戸の徳河にペットボトルのお茶を勧める。和尚何か作りましょうか?徳河の言葉に二人が次々に注文を始めた。焼き芋あんまり食べすぎないでくださいね、そう言って台所に走る徳河を見て達丸は目を細める。

ママよ、お前の仕事の邪魔はしたくないが、どうにも調子が出なくてな。小さな声で呟いて、達丸が焼き芋を頬張る。確かに今回はちょっと長かったわね、真々部の大きな手が達丸の短髪焦げ茶の頭を撫でる。真々部のごめんなさいは、言葉にしなくても達丸にはちゃんと伝わっているらしい。ママがもっとちょっ速で仕事上がるように俺が祈祷してやる。無茶言い出したわねと思ったがこういう時の達丸は半ば本気だ。

確かに祈祷してもらったらやれそう!謎のポジティブシンキング。その時真々部は、母家から漂ういい匂いに気付いた。やだ達っちゃんチヂミの匂いしてきた!ママの鼻はさすがだな、達丸は笑いながら顎でしゃくる。あっという間に足らなくなったビール、そして徳河を迎えに、真々部は嬉しそうに母屋へと向かうのだった。



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