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smashing! いつもおまえのけはいを

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。

千弦のいない夕方は、家がすごく静かで広く感じる。もともとが倉庫だか事務所だかの建物をリフォームして、2階を住居にしたんだ。だから普通の民家よりかなり広くて、あんまり便利にはできていなかった。

千弦がここで一緒に働いてくれて、一緒に住める仲になれて。俺にとっては人生これ以上の幸せは望めないくらいなのに、いつも千弦は隣にいて、同じ空間で笑ってて、あらゆるサポートをしてくれている。自他ともに認めるセーヨク魔神が降臨しちゃうとちょっと手に負えない、ていうか俺がもたないってのもあるけど、それ込みでもう、いてくれないと困る存在。

洗面所のとこにある足拭きマットから、犬のリイコがのっそりとリビングにやってきた。リイコはめったに鳴かず、どこにいるか気配もない。あとは伊達さんも気に入りのローソファーの縁に凭れて昼寝をしたりする。リイコはもともと実習用の子だったけど、千弦が見かねて引き取った。そのあと大学も辞めて、数年後にやっとここで会うことができたんだ。

リイコはもう全然元気で、千弦の言う事なら大人しく聞くし、あの二人はきっと深くて強い絆があるんだろう、そう思っていても深くは聞いたことはない。いつか千弦が直に話してくれる時まで待つつもりだ。人づてよりも噂よりも、千弦の言葉で、一番大事な心の奥を見せて欲しいから。

コーヒーを入れて、リイコの好きなジャーキーを出してあげて。俺は千弦が作ってくれてたクッキーの残りを齧る。もうあんまり残ってないから、また焼いてもらおう。あいつ一度こういうの作り始めるとそれこそ、キロ単位で出来あがっちゃうんだけどね。

コーヒーの香りに混じる、いつもの気配と匂いがない。ふわりと漂っては巻き上がる湯気は、絡む主を探してあちこちに散っていく。あ、なんかもうすぐ帰ってきそうな気配?リイコの耳がそば立つからすぐわかるんだ。実は千弦のいいところ、変わってるかもしれないけど、俺が一番気に入ってるのは。

いまから帰る、を滅多に送ってこないところ。

こうやって気配だけで千弦を感じることのできる緊張感が、実はすごく心地よかったりするんだよ。




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