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smashing! おまえのかけらはおれのいちぶ

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。

喜多村が佐久間と一緒に暮らし始めてから、全ての行動や選択を自然と佐久間に譲ることが多くなった。もちろん自分でも選ぶことはするが、何より佐久間の意思、それが喜多村にとっての第一条件だからだ。
喜多村が一人で過ごす時、大抵は家の中やその周囲にいることが多い。一度ここと決めると、自身の拠点となる場所からはあまり遠ざかりたくない。そんな所がある。

今日、佐久間イヌネコ病院は午前のみの日。ただ、処方するはずの薬が少しだけ数が足らず、医薬品メーカーさんの到着を待って、昼過ぎから各飼い主さんの所に届けることに。

「えー、あとは橋向こうとあの雑居ビルと…」

手伝うという佐久間をやんわりと止め、夕飯に喜多村の好物を作っててもらうことにした。喜多村は一人メッセンジャーバッグをひっかけチャリ宅配する。学生時代に宅配のバイトで鳴らした俺の鮮やかなフットワーク…などと独り言を言いながら、数軒の家に薬袋を配達。

病院からはそんなに離れてはいないのに、あまり馴染みのない通り。雑貨屋、見慣れないレストラン。目新しいものはとびきり新鮮に映るものだ。ようやく配達を済ませ、喜多村はのんびりと通りを眺め自転車を引いていく。

「…これは…あれだ、鬼丸がたくさん冷蔵庫に入れてるやつだな」

輸入雑貨屋の目玉商品はリキュール入りチョコレート。その隣の酒屋の店先には焼酎入りのこれもチョコレート。そういえばもうすぐバレンタインだったか。バレンタインの前日が誕生日の喜多村には、とても親しみのある日だ。そしてその店の先には乾物屋。しかも無駄にお洒落な感じの。

「今日はいい干物が入ってますよ、いかがです?」

粋な魚屋スタイル?でやってきた店員さん。身の丈は170前後。赤いバンダナで巻かれた髪はダークブラウンのふわふわ癖毛。あ、なんかデジャヴ。俺の周りこういうカラーリング二人ほどいたなあ。胸元のネームプレートには「サクワ」。

「ああ、佐桑って書くんですよ」
「すごいな!俺んち向こう側の通りで佐久間イヌネコ病院っていう…」
「知ってる!俺よくそこの院長さんと間違われる」
「サクワさんな!覚えた!俺は喜多村!」

意気投合した佐桑が店の奥からとっておきの干物を持って喜多村に渡した。これはサービス。お兄さん気に入ったわ!干物好き垂涎の金目鯛の干物。それが数枚新聞紙に包まれていた。喜多村はどうにも嬉しくなって、鯵の開きや細魚の丸干しを更に追加。当分酒のアテには困らない量。佐桑に丁重に礼を言い、見知らぬ通りから家を目指す。

どんな場所にも、鬼丸がいる。思わぬ形で見つかる。あちこちにある、鬼丸の気配が喜多村には嬉しかった。ただ、新しいだとかとか馴染みとか、そんな次元ではないのだ。大体、佐久間のことを好きだの嫌いだのなど、喜多村の中にはそんな基準は存在しない。喜多村にとっての絶対無敵鈍乙女。例えはアレだがつまり、想いが通じたあの日から既に喜多村は佐久間に同化した、そういうレベルでの「好き」なのだから。

帰ったらどんな嬉しそうな顔するかな。考えただけで喜多村は嬉しさを抑えられなかった。どんな鬼丸もどんな欠片でさえ、喜多村には全てが、大事な「鬼丸」なのだ。



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