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smashing! ふつつかなねがいを

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている。そして伊達は後輩の設楽泰司ともそんな感じだ。


我が儘を聞き入れてくれる人、オレにとっての伊達さんがそうだ。

昔、付き合い始め、そんで今。同一人物なのに時期によってオレの扱いが全然違う。昔は伊達さんの後輩として、あの人のフォローやら付き添いばっかしてて、そんでうっかり「寝る」ようになってからはほぼ毎日、伊達さんと行動を共にしていた。オレは家族が多くてどちらかといえば相手をフォローする側だったので、人のために動くとか、そういうのは全然問題なかった。むしろ積極的に面倒見てた。どっか行くから送って、いまからお前ん家いくから泊めて、そりゃ沢山お願いされたけど、旨い飯やちょっといい酒、あの人は決まって色んな見返りを、必ずオレに与えてくれていた。

「振り回されてるなんて思った事はないです」

伊達さんはよく、酒入った時とかぽつりぽつり、感謝とも反省ともつかない事をオレに伝えてくる。もともとメンタルが強くて、滅多な事で凹んだりしないあの人には「隙」がない。その頑丈な鉄の壁にも、目に見えないほどの綻びが出ることがある。オレは何故か昔から、そういう些細な変化には目敏い。

「設楽には誤魔化しがきかないんよねえ」

人好きのする垂れ目の可愛さが、微妙に弱っている風に映る。何かありましたか?オレの問いかけには答えないで、その代わりに「今日泊まってもい?」オレが肯定するしかないその答えを、当然のように薄く笑って受け止める。

そのうちに関係性も変わってきて、伊達さんのナーバス姿を見ることがほぼなくなった。雲母さんとの仲にオレを交え三人で暮らし始めて、すっかり「丸く」なったようにも思える伊達さん。それでも時折、らしくない難しい顔してたりする。眉間ギュッなってますよ。オレの指摘に困ったように笑いながら、オレの首に緩く腕を回して、耳元で囁く。

「設楽、してほしいことない?」

そんなのは無限にありますね。真面目に答えるオレの唇を緩く啄んで、なんでも聞くよお。間延びした声の底に潜んでいる圧倒的な惑の力に、オレは普通じゃとても言えないような、不束な「我が儘」を口にするんだ。


この人が肯定するしかない、それを知ってて。


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