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smashing! よりどころによるこころ

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。本日は日曜により休診。

病院からはそんなに離れてはいないのに、あまり馴染みのない通りにある、無駄にお洒落な感じの乾物屋。身の丈170ちょい、ダークブラウンのふわふわ癖毛を赤いバンダナで巻いた、粋な魚屋スタイルの店長さんは佐桑風馬。佐久間とよく似た苗字を持つ。

「院長さん、サヨリの丸干し入ってますよ!」
「うわありがとう!えと、サクワさん?」
「俺ら苗字すげえ被ってますよね」

「お薬」配達途中だった喜多村が偶然この店を知ってからは、すっかり二人のお気に入りになった。希少な魚の干物を破格で売っているのだ。佐久間の好物のサヨリや、めったに出会えない逸品が手に入ったりする。

「あの院長さん相談なんだけど、俺んちのインコがね」
「インコちゃん?」
「そう。なんか元気ないんだ」

佐久間にとって鳥類は管轄外。小型の齧歯類や爬虫類、そういったエキゾチックアニマルと称される動物の治療には専門医がいる。佐久間には心当たりがあった。獣医同士のヨコの繋がりの中、そういう子に詳しいとある獣医。

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「多分、卵詰まりじゃないかって思うんだよ」
「ちょっと診せてもらおっかな。奥かな?」

佐久間の電話で駆けつけてくれたのは室戸青志。

エキゾチックアニマルを専門とする獣医で、あまり表に出たがらないが、佐久間と喜多村の要請ならば協力してもいいと言う変わり者。何故かこの二人に対してはフレンドリーな彼の好物は、唐揚げと焼酎。一見何考えてるかわかんない、ひょろりとした背の高い、一重瞼を丸縁メガネで覆った和風の美形だ。

「佐桑さん、専門のお医者さん来ました」
「あー先生すみませんお忙しい中!ウチのピピンが元気なくて…」
「ピピンちゃん?相棒はメリーちゃんですかね」

店の奥に進むと、佐桑が鳥籠を手に室戸の前に現れた。最初は当たり障りのない話をしていた佐桑と室戸は、佐久間の前で初めてお互いを正面から捉えた。まさにその時だった。

「…お名前は…」
「…は、あの、俺…佐桑っていう者で」
「僕は室戸、青志と申します」
「風馬です。佐桑風馬…」

その時初めて、佐久間は見た。人が人を好きになったその瞬間の表情を。言うなれば二人の間にごうごうと音を立て舞い上がり押し寄せる花吹雪。そんな非日常的な光景が見えるだなんて、一体どうしちゃったんだこの空間。焦った佐久間は鳥籠を手に室戸に一生懸命話しかけ、ようやく「診察」に至ったのだった。

佐久間の見立て通りの診断。適切な処置を施されたピピンはすっかり元気を取り戻し、隙あらば見つめ合う二人に届きそうもない礼を言いながら、佐久間は早々に乾物屋を後にしたのだった。

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「あーびっくりした…置いてきちゃったけどまいいか…」

佐久間は室戸に数回メッセージを入れたが返信がない。これはあれだ、既に自分の管轄外に話が飛んでしまったってことだな。佐桑さん大丈夫かな、大丈夫だなきっと。それにしてもこんなふうに、いきなり駆け抜けるような運命の出会い、そんなのが存在するんだな。

喜多村が病院の外まで出て、犬のリイコのリードを手に佐久間に手を振っている。一瞬佐久間は、さっきのあの二人の空気をそのまま纏ってきてしまったかのように見えた。ふわりと舞い散る花の色が喜多村を覆う。なんてことだ。あんな眩い人間と自分はずっと一緒に暮らしてるだなんて。喜多村の顔が真っ直ぐ見られない。困ったしまった。今、自分はどんな。

「!鬼丸!熱出ちゃったのか !?」

花粉症の薬飲んでなかったか!血相変えながら走ってくるその姿が、佐久間には「ピンクに輝くめちゃ麗しい美形」にしか見えないやばい。気づけば佐久間は全速力で走った。つまりは、逃亡した。

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「いや俺何してんの…」

商店街の裏手、入り組んだ路地の奥。最近オープンした小さな立ち呑み屋。ペット連れ出来て、奥には座れる席もある。その店の片隅、佐久間はジョッキ片手にぶつぶつ独りごちていた。なんで焼酎じゃなくてビールなんだろ。突然注文するという状況に弱い佐久間は、咄嗟に喜多村の定番を頼んでしまったのだ。久しぶりの生ビールの甘さが口の中で広がって、上がった気が静まっていく。さっきから震えっぱなしの携帯を見つめ、佐久間はため息をついた。

人を恋う想いを認める、それは自分にとって何より照れ臭く、そして無力さを突きつけられるもの。自覚した途端、隠すものを失った己の脆さが露呈する。怖いのだ。自分という人間が受け入れられることが。そして、受け入れられないかもしれないという、その事実も。

遠くからリイコの鳴き声が近づいてくる。ああそろそろ見つかるな。佐久間はいよいよ逃げを諦め、小さな声で追加注文。もうすぐ汗だくで慌ててやってくるであろう喜多村の好きな大ジョッキと、この店自慢のモツ煮。

「…いたあ!おにまる!」

リイコに引っ張られながら喜多村が到着。息を荒げて佐久間の側にやってくる。そして佐久間の手を、そっと握りしめるように触れた。

「…あれだ、言いにくいことなら言わなくてもいいんだ、でもな…」

話だけは、ちゃんと俺としてくれ。喜多村が佐久間の手の甲に唇を落とす。リイコが鼻を鳴らして佐久間の膝に擦り寄る。ごめんなリイコ。佐久間は、店の人に頼んであった「茹でただけのモツ」をそっと差し出す。

「ごめんな千弦…ちょっとびっくりすることがあって」
「俺はちょっとくらいのことじゃびっくりしないから大丈夫だ。言ってみてくれ!」

喜多村の優しい笑顔が眩しい。ウッ…眩しくて正視できない。佐久間は心の中で悶絶する。なんでこいつは俺がこんな勝手なことしても責めないんだろう。呆れないんだろう。なんで。

こんな全部受け入れてくれるんだろう。

喜多村は俯いてしまった佐久間の隣で、背中を宥めるように撫でた。ぽつりぽつり、今日あった出来事を話し出す佐久間。喜多村は黙って聞いていた。時折打つ相槌が、佐久間には心の底から嬉しかった。

「そういう空気、感じたことある!雅宗先輩とハルちゃんとか!」
「え!そういう時あったっけ?」
「あったあった!見つめあってボワ〜ンみたいなことはしょっちゅうだ。鬼丸も知ってると思ってたぞ」
「…いや…俺って鈍いのかな」

鬼丸はそこがいいんだ。力強く言って喜多村はジョッキを一気にあおる。そろそろ戻ろっか。ひょっとしたらまた誰か訪ねてきてるぞ。十分ありえることを呟く喜多村。佐久間は少し笑いながら、会計に先に席を立つ喜多村を、安堵とも安心ともつかない何とも不思議な気持ちで見つめる。そして佐久間はリイコを連れて、座り込んでいた席からようやく立ち上がった。





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