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smashing! がめんごしにふれるおまえと

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。

「先生本当にありがとうございました」
「いえ。何かありましたらまた呼んでくださいね?」

佐久間イヌネコ病院からすこし離れた、とある郊外の街。常連の飼い主さんから、親戚の家に連れて来ていたワンちゃんが少し元気がなくなってしまったのだという。辺りに動物病院がなく、まだ自宅に戻ることができない、と相談された。今日は運良く伊達が来てくれていたため、佐久間は昼過ぎからここに往診に来ることができた。

話を聞けば、滞在先での食べ慣れないオヤツの食べ過ぎという見立てに。お腹を壊す前で良かった。平謝りの飼い主に優しく応え、整腸剤他を処方し終了。点滴もあるけど打っとく?ちょっと楽しそうな佐久間院長に、患畜ワンちゃんは静かに顔を背けた。

屋外に出れば既に山の端に日が落ちかけていた。駅前まで送るという申し出を有り難く受け、佐久間は本日宿泊予定である駅前のホテルに。午前中に急ぎ伊達が抑えてくれた部屋は、シングルのはずがツインにアップグレードしてもらえた上、朝食のちょっといいブッフェまで付いた。伊達さんてちょっと一味違うんよね。それっぽく呟いて、佐久間は受け取ったカードキーで部屋に入った。医療道具の入ったバッグパックをオットマンに置き、きちんとメイキングされた広いベッドの上で長々と手足を伸ばした。

リモコンをオンにすると、よく知らない番組が流れている。ローカル番組がけっこう好きな喜多村が、こういうのにいつも突っ込んだり相槌を打ったりしてるんだ。今は自分しかいないこの空間に、ちょっとだけ違和感を覚える。

すると佐久間の腹が微かに鳴った。そういえばご飯がまだだった。今から外に食べにいくのもちょっと億劫だし、かといってルームサービスっていうのも気恥ずかしい。なんかないかな、自販機とかコンビニとか。その時ドアからベルの音。恐る恐る覗いたドアの向こう側には、ワゴンを持ったベルボーイが一人。

「ルームサービスをお持ちしました」
「え、と、お間違いでは…?」
「喜多村様から、お電話にて承っております」

ベルボーイは迅速にテーブルに料理をセッティングし、深くお辞儀をして部屋を出て行った。あっけにとられていた佐久間は我にかえり、テーブルに置かれた料理を見て、思わず笑った。

「そういえば、今日食べようって言ってたっけ」

本来なら今夜、二人で食べる予定だったのは「うどんすき」。取り分けた椀に海老天やなんかも乗っけて、ゴージャスにするはずだった。そしてルームサービスで運ばれて来たのは「天ぷらうどん」。大きな海老や野菜の天ぷらが添えられている。佐久間は海老天をうどんに乗せながら、携帯に指を滑らせた。

「鬼丸ーーー!ルームサービス食ったかあ?」
「ありがとな千弦。今から食うとこ!」
「お前ほっとくとおにぎりとかで済ますからさ。先手必勝な」
「そっちも今食べてる?」
「俺も天ぷらうどんにした。土鍋じゃ多いからね」

スピーカーホンで話しながら、電話の向こう側からもうどんを啜る音が聞こえる。なにやらグランプリをとった芸人のコントの話を、喜多村が上手いこと真似ながら佐久間を笑かしにかかる。待って千弦うどん吹くうどん。そのうちビデオ通話に切り替えて。見て丼の周りすげえ散ったわ。自分で言って自分でウケちゃった喜多村の惨状を目の当たりにする佐久間。

そんなに遠く離れてないのに、通話でリアルタイムに眺める顔が普段とはなんか違くて。それでも全然寂しくはない。こうしてることも新鮮でただただ楽しい。けれど、いつものように喜多村の息遣いや触れる温度が、画面から感じられるような気がしているのは全部「フェイク」だ。

ああ、距離ってもどかしい、なあ。

明日の朝一の電車で速攻帰って「リアル」の喜多村を確かめてやろう。佐久間は改めて思った。


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