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smashing! あいしてるじゃおいつかず

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。非常勤である、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている。そして最近、伊達の後輩獣医師・設楽泰司も絶賛同居中(付き合ってる)。


僕の誕生日は年二回。立春の日とあと数日前の5月12日。中三の時の家族旅行中の事故で全て失って、ただ一人この世に戻ってこられた日。

その当日は僕はどうにも終わらない仕事を抱えていて、前日に伺った親代わりの白河先生のところで雑務を手伝っていただいて。先生は日付の変わった12日、ちいさなショートケーキを大事そうに出して下さった。たくさんのベリー達が溢れ落ちそうに乗っかって。僕が去年、伊達さんに作ってもらったケーキ。その話を先生はちゃんと覚えていてくれたのだろう。そのあと立て続けに僕の携帯に届いたメッセージに、先生は物凄く嬉しそうに目を細めた。これ食べてあともう少し頑張ろうな。そう言って二人で笑いながらケーキを頂いた。

数日後の平日。伊達さんと設楽くんは遅番の日。僕は一人でお留守番になりそう。昼過ぎにペントハウスに戻ってお風呂に入って。屋上の庭園でお昼ご飯を食べようと思いついた。そういえば今年は、伊達さんからのケーキはお預けのまま。ひょっとして冷蔵庫に入れてくれているかも。少しわくわくしながら覗いてみたけれど、ラップに包まれて入っているのは二食分のお皿。つまりはお昼とお夕飯の分。そもそもこんなふうにお食事を作ってくださっているのが既に奇跡なのに、僕はいつのまにかそれを、いやそれ以上を望んでしまうようになっている。

お昼にと用意されていたチャーハンを軽く温めて、屋上庭園に。これは設楽くんの作ですね。細かくしたちくわがいい味を担っています。するとその時、携帯に伊達さんのメッセージが。

ワインセラーにいいものが隠してあるよん♡

セラーにリボンを結ばれ眠っていたのはヴォルタ。ブラックベリーのフルーツワイン。えこんなの入ってましたっけ?僕は声をあげてその美しい深紫のボトルを両手で抱えた。ハルちゃんいてくれてありがとう。ラベルに直にメッセージ。こんな素敵なサプライズは考え付かなかった。いや泣きそう。伊達さんと一緒に過ごすようになって、僕は心強くなれた反面、あり得ないほどに涙脆くもなった。そんな時あの二人は揶揄うどころか、時として一緒に泣いてくれたり。特に設楽くんは泣きすぎで翌日は半目。皆泣いた理由なんてすっかり忘れてしまっているのだけど。でもそれが、とても心地良いと感じられる。

ワインをそっとセラーに置き直し、屋上庭園へと戻った。チャーハンは冷めてしまったけど構わず美味しく頂いて、仰ぎ見た空の、暑くも寒くもない爽やかな晴れ間を有り難いと感じる。あのワインはお夕飯の時に。ラップの中に見え隠れした赤身のお肉を思い出しながら、今日中には帰ってこられないかもしれない僕の恋う人と、彼を愛するその人は。

出会うべくして出会った、そんな縁を痛いくらいに感じざるを得ないくらいに僕の中で、大きな存在になっていて。

愛している、だなんて、そんな陳腐な言葉じゃ追いつかないんですよ。

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