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私のコレクティブキッチンは、あのキガリの雨の午後、ミャオさんの台所で始まった。

「明日の午後に餃子づくりをするから、お友達も連れておいで。」ミャオさんはそう楽しげに言った。

私が、誰かと一緒に料理することの楽しさを知ったのは、あの雨の日の午後だった。あれから十年、私は時折「コレクティブキッチン」と称して、(世界各国出身の)友人と集まってお料理の会をしている。コレクティブキッチンはお料理教室とは違ってより現実的だ。みんなで材料を持ち寄り(あるいは買い物をして折半する)、一緒にせっせと毎日のおかずをこしらえて、その場ではちょこっと味見をするくらいで、あとは作り置きとしてめいめいが持ち帰り、数日分の家族の食卓にのせるのだ。献立も実用的、現地の材料でできる和食風のお惣菜を中心に、ひとりで少量は面倒な揚げ物をいっぺんにしたり、一度でたくさん作ったほうがおいしい煮物も上出来、面倒な千切り作業なんかもおしゃべりをしながらだとあっという間。主婦(夫)の友達と集まって、レシピの交換をしたり、子育ての相談をしたり、或いは(つい)人生のうつくしさについて話し込んだり。

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ミャオさんというのは、懇意にしてくれている中国人のマダムで、この街に一軒しかないスーパー雑貨屋さんのオーナーかつ経営者だ。彼女(とその一族)は、中国からありとあらゆる品物をここルワンダまで輸入して、なかなか強気な値段で売っている。と言っても、日本の100円ショップの価格に慣れた私にはそう見えるというだけで、軽くて安価なプラスチック製品や、便利な小物(使いやすい缶切りなど)はここではとても貴重だから、ミャオさんのお店の「行けば何でも揃う」感は確かに希少なのだろう。実際お店はとっても流行っている。ミャオさんはいつも羽振りがよくて、巨大なハマーをぶんぶんいわせて登場し、いつも私になにかおいしいものを振る舞ってくれる。

ミャオさんのおうちは、お店の裏手の方にあった。何棟かの建物を買い上げてひとつの屋敷にしたような建物で、その(わりと)慎ましやかな風貌に、私はちょっと意外な気持ちがした。

私は、日本人の友人(と彼女の背には0歳の赤子)と連れ立って、意気揚々と訪ねていった。私たちは、本場の餃子づくりがとっても楽しみにしていた。中庭に面した広い台所には、ミャオさんの親戚の女の子たちが何人か集まっていた。台所は使用人が使うという想定の家なのだろう。炭火のかまどは外に据え付けてあり、室内も質素なしつらいで、それでいてやたらに広い。その真ん中で、敏腕実業家のミャオさんは、大量の食材とともに満面の笑みで待っていた。

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餃子の皮になる生地を作る。(10kgの麻袋から)お茶碗で小麦粉を計って、そうねこのくらい、と塩を水を注いだ(なので詳細な配合は不明)。手際よく粉に水を吸わせて、まとまってくると今度は力を込めてこねる。なめらかになったら、ボウルに戻して皿で蓋をして、生地を少し休ませた。

その間にあんを作る。餃子といえば肉だねを想起していた私の予想に反して、とてもバリエーション豊富だった。トマトと卵、セロリと鶏肉、茄子と香菜、などなど。魔法みたいに手際よく、食材を刻み、調味料を加え、あんが作られてゆく。葱やセロリを刻む香りが弾ける。

あんができたらいよいよ餃子を包む。小さな麺棒を器用に操って、二、三回手本を示すと、あとは私と友人と女の子たちが引き継ぐ。それにしても、生地の塊は巨大で、あんもそれぞれ洗面器のようなボウルにたっぷりと用意されていた。私たちは楽しくおしゃべりをしながら、その山に挑む。まあるく伸ばして(日本の餃子よりは厚めに)、ふちだけが心持ちが薄くなるように。真ん中にあんをのせて、少しひだを寄せながら包む。私たちは無心に作業した。友人の赤子は背中で少し泣き、よしよしとなだめられて、また眠った。

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私たちが数百個の餃子を包む間に、ミャオさんはルワンダ人のヘルパーの男の子たちと麺の生地をこね(こちらはとっても固くて力が要りそう)、鶏を屠って鮮やかにさばき、卵や野菜と一緒に炒め物やスープを作ってくれる、魔法みたいな手つきで。その途中、ところどころで楽しい解説が入る、鶏の血は取っておいてね、あとで豆腐にするから、とか、人参はこの方向に切ってね、口当たりが違うのよ、とか。お母さんのような温かな台所で、時々科学的に的確なミャオさんの説明を、私はこころの中で大切に書き留める(手は餃子をせっせとつ包みながら)。

夕刻、楽しい食卓を囲んで(赤子は眠ってしまった)、お土産にたんまりと餃子とお料理の数々を持たせてもらう。そんなコレクティブキッチン、私も世界各国で時々開いているけれど、いつも再現したいのは、あのミャオさんの温かい台所なのだよ。

あなたがもし、この創作物に対して「なにか対価を支払うべき」価値を見つけてくださるなら、こんなにうれしいことはありません。