ミルクティーが届けてくれる、やさしい週末

夫婦で毎週のみにいくミルクティーがある。ランチを食べてから自転車で坂道を駆け上り、ティースタンドでミルクティーを買う。それをちかくの神社のベンチにすわってゆっくりと味わうのが土日の日課だ。

のまなければ、一週間が終わった気がしない。はじまる気もしない。ミルクティーをのむことは、大事なルーティンであり、とくべつな行事でもある。

ミルクティーを通じて生まれる感情、風景、会話、空気…。ただおいしいだけではない、とっておきの体験がまっている。

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店にちかづくと、雑談を楽しむお客さんと店員さんの姿がみえる。

「おっ、こんにちは〜」

店先に顔を出すと、明るくサバサバしたお姉さんが出迎えてくれた。毎週通っているからもう顔なじみだ。自然体で、取りつくろった様子がまったくない。彼女の飾らない笑顔をみるだけで、心がほぐれていく。

「アイスのLサイズを2つください」
もう何枚目になるだろう。赤色のスタンプカードにハンコを押してもらった。

「あと1個ですね〜」
空欄の数を確認すると、よだれが出てきた。スタンプを10個貯めると好きな商品1個と交換できるのだ。

お店の人に「遠慮しなくていいんですよ？」と言われて以来、遠慮なくお店でいちばん高い商品と交換することに決めている。ミルクティーに好きなフレーバーのアイスを選んで乗せるパフェだ。それもLサイズ。アイスが2個乗っている。夢のような食べものである。

だめだめ、考えるといま食べたくなってしまう。

頭を現実に戻してお金を支払う。800円払うと20円のお釣りが返ってきた。

「はいよっ。お待たせ〜」

お姉さんからミルクティーを受け取ると、手のひらがひんやりして気持ちいい。横断歩道を渡りながら夫に片方を手渡し、ちかくの神社の境内へと歩を進める。

鳥居をくぐって大きな樹木のまえを通り過ぎ、ベンチのある広場に向かった。木洩れ日のなかをゆっくりと歩く。記憶の彼方からやってきたような、どこか懐かしく、おだやかな匂いがした。

見渡すと、ベンチにはちらほら人がすわっている。カップルに親子に、ともだち同士。ひとりで物思いにふける人。どんな話をして、どんなことを考えているんだろう。想像しながら、休日だなあとおもう。

そこではだれしもが心休まるひとときを過ごしているようにみえた。おなじミルクティーをのんでいる人もいて、親近感がわく。

みんな、くつろぎたいのだ。懐の広いこの場所で。

腰を下ろせば、のんびりミルクティータイムが始まる。

スリランカ産の茶葉をふんだんに使ったミルクティーからは、口に含むまえから芳醇な香りがただよってくる。深呼吸をすると、紅茶の香りと神社をつつむやわらかな空気がいっしょに体に流れこんだ。

週末がはじまった。実感がわいて、ふう、と息をつく。ミルクティーを持つ手に、あたたかな光がさしこんだ。

ひとくちめ。そうそう、この味。濃厚で深みがあって…真紅のじゅうたんが目に浮かぶ。

なんてぜいたくなんだろう。上品なんだろう。舌を絡めとられてしまった。なのにまろやかで後味はすっきりしているから、ゴクゴクのめる。不思議とまたのみたくなる、クセになる味だ。

大人の雰囲気をまとっているのに、実はとっても親しみやすい。こんなともだち、いた気がする。

ずるいのみものである。

「紫陽花、咲くんだね」

「先週こんなの書いたよ」

「将来どこに住みたい？」

ミルクティーをのみながらの会話は、とりとめのないことから家計の話、人生の話、未来の話までさまざまだ。平日はバタバタしていてゆっくり話せないぶん、ここで心を落ち着かせて、夫婦でコミュニケーションをとる。

だまって携帯をいじったり、ぼんやりと風景を眺めたりすることもあるけれど、それもわるくない。

生きる歩幅の異なるわたしたちにとっては、おなじ場所にすわっておなじドリンクを味わい、おなじ景色の目のまえにいること自体が貴重なのだ。だから毎週、自然とティースタンドに吸い寄せられている。

もちろんそんなときすらも、感じている味やみえているものはちがう。考えていることもちがう。それがおもしろいのだとおもう。おなじだけど、ちがうことが。

でもときどき、平日に一人でのみにいくこともある。それはたいてい、考えごとをしたいときか、何も考えたくないときだ。ミルクティーのやさしい甘みとコクは、もやもやした気持ちを静かに受け入れ、いつのまにか溶かしてくれる。自分と対話する時間と、無の時間をくれる。

そこでアイデアがぽっと生まれることもあれば、なにも生まれないこともある。

でも、そんなのはどちらでもいいのだ。のんで、佇んでいるだけで、いいのだ。

気さくな店員さんとのやりとりに、こだわりが滲みでるミルクティーの味わい。木々のざわめきに季節の花々のきらめき、情緒ただよう境内の風景。ベンチに佇む人々の姿から想像される、それぞれのストーリー。夫婦の会話、一人での内省、あるいはなにもしないこと。話さないこと。

わたしにとって「ミルクティーを買うこと」は、これらすべてを意味している。

人、味、立地。ぜんぶそろってはじめて実現する奇跡的な体験だ。ワンコイン以下で、わたしたちは癒しと活力と、夫婦の時間を買っている。

引っ越すたびに、愛する店は少しずつ増えてきた。暮らしに染みこむお店。彩りをくれるお店。これらは毎日の風景の一部となって、あるいはとくべつな思い出の場所となって、心に、記憶に、人生に、深く根づいていく。

そんな一期一会を大切にしたいものだなあと、ベンチにすわってミルクティーと草木の香りを吸いこむたびに、夫のゆるんだ頰をみるたびに、つよく思うのだった。