夢にフタする大学生。
昨年のいつだったかは失念してしまったが、夢にフタする大学生に会った。彼は北海道の大学を2回休学しており、将来自分が何者になるべきか悩んでいるという。
私のある後輩が、コワーキングスペースで彼の悩み相談に乗る、という話を聞いていたのだが、その日の私は仕事で忙しく、その悩み相談会が開催されていることをすっかり忘れていた。
打ち合わせを終えて、スペースに戻ると、見知らぬ大学生がいた。なんだか表情が硬い。硬いというか暗い。そんな彼を取り囲むように、後輩を含めた数人の柔和な大人がアドバイスをしているようだった。
私がそこにいくと、私を発見した後輩が目を見開いて言う。
「あ、教授だ! ダーキさんだ! そうだ!」
みんなが私を好奇の目で見る。悩める彼はまだ表情が硬い。後輩はつづけて言う。
「教授に聞けば解決するかも! ちょっと、ダーキさん! 彼の話を聞いてやってくださいよ! 全然解決しないんす!」
「え、なになに」と私が言うと、他の人たちも「来たよ教授が。これで解決だ」と笑っている。おい、おまえら、普段は私のことを「教授」だなんて呼ばないじゃないか。まったく、気持ちがいいなぁ。教授と書いて「教授」って呼んでくれてもいいんだぜ。
後輩は言う。
「いや、教授ね、彼が悩んでるんですよ。やりたいことがないんですって。大学も休学してるし、とにかくどうしたらいいかわかんないんですって。僕たちと話しても答えが出ないんすよ」
教授は言う。
「……ほう」
というわけで、椅子に座った。スペースにはテーブルと椅子が何個も置かれていて、話をする空気はできている。そこで聞いてみる。
「なに、どういう状況なわけ?」
こう質問してから、他のみんなが見ている中で、即席の悩み相談会が開かれた。マジで昨年のいつのことだったか忘れたけど。
聞いてみると悩める彼は、
私は思った。彼は! 大学時代の私そっくりではないか!
「休学してなにしてたの?」と聞いてみると、悩める彼は「大阪の吉本のお笑い養成所に1年間いったんです」と言う。え、マジで? と思って話を進めようと思ったら、さっきまで悩み相談していたはずの後輩たちが「え! 吉本いってたの!?」と驚いている。それくらい聞いておけよ、と思いながら進める。
「お笑い芸人になりたいの?」
「いやぁ、まぁ、そうではあるんですけど」
「周りの友だちと話していてさ、つまんねーなって思うことない?」
「……え! あ、あります」
「だよね。吉本はどうだった?」
「み、みんなすごくて……」
「おもしろいんだ?」
「えぇ、そうなんです」
この時点で、私の頭の中には彼が本当に目指しているものがなんなのかのアタリはついていた。後輩たちは「さすが教授だ!」と笑っている。もう少し質問してみよう。
「じゃあ何に悩んでいるの?」
「それが自分でもわからなくて」
「またまた〜」
さて、ここで北海道の悩める大学生あるあるを紹介しておく必要がある。
お笑い芸人になりたい、と思う大学生はこの時代も多い。私はなろうと思ったことはなかったが、憧れる気持ちは大いにわかる。芸人はクリエイティビティーにあふれているから。
だが、北海道という土地柄、芸人になるには相当なチャレンジ精神が必要になる。だって、住み慣れた土地を捨てて、完全に見知らぬ土地にわざわざ行かなきゃならないから。お金もかかる。こういうある意味で馬鹿げたチャレンジができる人というのは、頭のネジが1個か2個外れている。多くの若者は「そうはいっても、現状の環境は捨てられない」とひるむものなのだ。北海道ならなおさらだ。
それでもチャレンジしたい、という人が道を開いていくものなのだけど、たとえば偏差値が55以上の人に限って、余計な知識があるから、将来のことを考えてしまうから、チャレンジすることができないものだ。夢と現実を天秤にかけて現実を選んでしまうのだ。
と、いうことを悩める彼に指摘してみた。
「本当はチャレンジしたいけど、怖いんでしょ」
「う、う」
「でも大学を休学して吉本にいったのはすごいことだね」
「そ、そうですかね」
少しだけ彼の表情が明るくなる。
「でも、吉本にいって感じたんじゃない? レベル高いなって。少し自信無くしたんじゃない?」
「うわ、そ、そうなんです」
後輩たちは「うわ、うわ! 教授!」と言っている。お構いなしで進める。
「かといって、諦められるものでもないでしょ」
「そうなんです」
「でも自信がない。でもおもしろいことを考えるのは好き。でしょ?」
「まさに」
「で、放送作家になるのも悪くないな、と思ってる。でしょ?」
「な、な、なぜそれを!」
後輩たちは「うわ、教授! エスパーだ!」と騒いでいる。
これが放送作家ルートである。
お笑い芸人になるほどでもない、だけどおもしろいことを考えるのは好き。クリエイティブなことをするのは好き。でも人前では恥ずかしい。そこで辿り着くのが放送作家だ。有名どころであれば秋元康、鈴木おさむ、北本かつら、そしてオークラ。このあたりだろう。放送作家は表に出てこない。番組などの裏方に回って企画を考え、タレントのキャスティングまでに関与する。お笑い芸人としては成功できなかったけど、放送作家で大成する人もいる。代表例はオークラだ。
「オークラって知ってる?」
「あ、なんとなくは」
「彼は3人目のバナナマンだよ。あとはおぎやはぎ、それから東京03のネタも考えてる。ラジオを聞いてたら、オークラの名前はよく出てくるよね」
「うわ、そうなんですね」
「それから永井ふわふわは? 聞いたことある?」
「ないです」
「永井ふわふわは、バナナマンの放送作家で、ハガキ職人からラジオの出待ちをしてオークラの弟子になったの。今では人気番組を担当しているよ」
「そ、そうなんですか!」
放送作家あるある、放送作家になるためのルートを教えてあげた。それから、お笑い芸人も諦め、放送作家も諦めた人が選ぶルートも教えてあげた。それが「広告」だ。広告業界にはこういう人が一定数いる。説明不要だろう。
彼は「そ、そうなんですか!」と言っている。目が輝きだした。
「でも、大学を辞めるような勇気はないでしょ」
「そ、そうなんです」
「どうしようと思ってるの?」
「何も考えてなくて」
こういう場合、私の経験上は2パターンしかない。
ひとつは勇気を持ってすべてを捨て、荒波に飛び込む。いまひとつは、ただ時が過ぎゆくのを待つ。大学生時代の私は、後者のパターンだった。それを教えてあげる。
さらにもうひとつ大事なこと。
「今からでもやれることがあるよ。北海道にいてもできること」
「な、なんですか?」
「発信するんだ」
「?」
「考えてること、おもしろいと思ってることを発信してごらん。いまはSNSがあるでしょう。Twitterは? やってる?」
「見る専ですね」
「それはもったいないかもね。とにかく発信してみるといい。私なんてね……」
noteとスタエフの話をした。毎日文章を書いていること、自分でラジオをやっていること。それがどれだけ楽しいか。目的もなにもないが、とにかく続けることの有用性を話した。アカウントも教えた。
「いい感じになるといいね」
「うわ〜、なんかできそうな気がしてきました」
……
…
..
.
行動に移すかどうかは、勇気次第だ。
勇気を得るまでに、できることは意外とある。
やってみるといい。
……なにを偉そうなことを、と笑っちゃうなぁ。
【ごめん】彼のことをファンとして追いかける
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