見出し画像

自分の事、棚に上げよう。上げまくろう。

自分の事、棚に上げよう

僕のnoteを読んでくれている皆さんは優しくて実直な方が多いです。その優しさに多くの人が救われていると思います。
僕もnoteで生まれた皆さんとの交流に救われてきました。


でもその優しさは自分を苦しめていませんか?
本音を閉じ込めていませんか?

もっと自分の事を棚に上げてサボりませんか?
自分の事を棚に上げてわがまま言いませんか?
過去や未来の事は棚に上げて今この瞬間の感情を解き放ってみませんか?

優しすぎて繊細な僕らはどうしたって自分本位になりきれません。
わがままでいようとしたって誠実さを捨てきれません。
だから棚に上げまくるくらいでちょうどいいと思うんです。

安心して自分を棚に上げちゃいましょうよ。


こんな事ありませんか?

悲しい事が起こった時「自分の努力が足りなかったんだ。」なんて溢れそうな涙を押し殺していませんか?

誰かに腹が立った時に「誰かを非難するほど自分は立派な人間か?」なんて怒りの言葉を押し殺していませんか?

褒められた時に「今回はたまたま上手くいっただけ。調子に乗ったらいけない」なんて嬉しさを押し殺していませんか?

面白くて笑っちゃいそうな時に「私の人生は幸せになんてなれない。笑ってる場合じゃない」と笑い声や笑顔を押し殺していませんか?

自分の経験から誰かにアドバイスしたくなった時に「出来ない事がたくさんある自分が偉そうにアドバイスする資格なんてない」って、もどかしい気持ちを押し殺していませんか?

納得出来ない事があった時に「自分は頭が悪いから真意が理解できていないだけなんだろう」とモヤモヤした気持ちを押し殺していませんか?


そして僕も

僕もメンタルが不調な時は押し殺してしまいます。その時は『押し殺している』自覚なんて全くないんですけどね。


つまりこの記事を書く時も
僕は自分の事を棚に上げて皆さんへ向けて、さも人格者のように語っているわけです(汗)

恥ずかしくて『投稿』ボタンを押す手が震えます。投稿ボタンが押せて記事を公開出来たとしても直後に削除したい衝動に駆られる事でしょう。
いつもの事です。


でも、その恥ずかしさも棚に上げちゃいます。
それでいいじゃありませんか。

棚の上って意外と広いもんですよ。
上げて上げて上げまくりましょう。

画像1


サポートして頂けたら画材を買いたいです!