融解の詩

 きみの心臓が動いているのをみていた つめたい場所で吊るされる冷凍精肉のようにも 博物館の展示のようにもおもえた、だけどきみは生きてる、生きている、精肉や展示は死んでいると思ったけれど、それだって生きているのだ ただ待っているだけ 当たり前か、というきもちとさみしさがあって、きっとさみしいのはぼくもそうだからなのだ
 みんななにかを待っているのだとしたら、待つということばのなつかしさは ぜんぶのなかのいちばんやわらかい、ほんとうのぶぶんなんだろうか それがぼくはさみしい、なつかしさはずっと指を引っ掛けていた部分で、本のページに癖がつくように、ふとした瞬間によみがえる 経験したことのないはずの空白をなつかしいと思うのはなぜだろう?
 まぶしい光をぼくは感じていて、それは昼下がりか、夕方か、風が吹いている、星が流れている、あるいはぼくのなかに そうとしか形容できないけれどそうじゃない光景を、法則からかけ離れた懐かしさが帰ってくるのを、ぼくは待ち続けている 顕微鏡で拡大しつづけると裏返って遠くに消えてしまうみたいに、なつかしさをことばにしようとするといつも違ってしまう なにもかもを上回るもののことをことばでは当然あらわせず、それにあらがおうとするのはただ傷をつけるだけになってしまうのがぼくはかなしい
 それでも──それでも──と風が吹いている
 星が──流れて──いる
 世界のできる瞬間に──きみとふたりで消えてしまいたかった、ただのひとつになるにはもうひとつが必要で、──それがぜんぶの最小単位なのだから──(法則になりたくない、とぼくはいった)
 (芸術になりたくない、ときみは──)
 対になって──溶ける──空と海(天井と床)(暗闇と星──

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